えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

戦略信頼性主義(2):信頼性と時間で費用便益分析する Bishop & Trout (2005)

Epistemology and the Psychology of Human Judgement

Epistemology and the Psychology of Human Judgement

  • Bishop,M. and Trout, J. (2005) *Epistemology and the psychology of human judgment* (Oxford University Press)

1. 手札を見せる
2. 統計的予測規則の驚くべき成功
3. 向上心理学から認識上の教訓を汲み取る
4. 戦略信頼性主義:ロバストな信頼性
5. 戦略信頼性主義:卓越した判断のコストと利益 ←いまここ
6. 戦略信頼性主義:認識的な重要性
7. 標準的な分析的認識論の問題点
8. 認識論を実践へ:心理学における規範性論争
9. 認識論を実践へ:積極的なアドバイス
10. 結論
補遺

【やること】推論をガイドする認識論は、我々の有限性を認識すべきである。戦略信頼性主義はコスト‐利益の枠組みの中で資源の分配を取り扱う。このアプローチに対する2つの懸念を検討する。

1 誤った費用便益分析の長所

・標準的な費用便益分析は、各選択肢のコストと利益に金額を割り当て、トータルの利益が最大になる選択肢の特定を可能にする。しかしお金で「様々な価値を通約することは出来ない」という反論がよく寄せられる(Anderson 1993, Sen 2000)。
・B&Tはこの種の反論に共感を抱く。しかし仮に誤っているといても、明示的に費用便益分析を行ってみる事は、我々の価値をよりよく反映するような形で、我々がもつ諸価値の優先順位をつけ、調節する事を可能にしてくれる。また、機会コストをはっきり示してくれる点でも役立つ。
・誤っているが便利なコスト‐利益アプローチは2つにわけられる。

  • (1)「不完全な費用便益分析」

決定において問題になる価値の中の一部に焦点を当てる(標準的な費用便益分析はこの極端な形)。

  • (2)「非還元費用便益分析」

決定において現実的に問題になる諸価値〔全て〕に焦点を与てるが、そうした価値を標準的な単位に還元はしない。

2 認識論におけるコスト‐利益アプローチ

・では、推論におけるコストと利益とは何なのか? 

2.1 認識的利益

・認識的利益は精確さであるという考えは間違ってはいない。しかし「問題の重要性」を考えると話は複雑になる。(重要性は次章で詳述するが、)重要な問題に取り組む全体的信頼性を犠牲にする必要があるし、コストが大きい問題にはあえて判断を偽だとみなして行為したほうが良い場面もある。問題の重要性を考慮すると、単一次元で単位を振れるような認識的利益の概念は作れないだろう。
・しかし、「極めて不完全な費用便益分析でも役に立つ」事を思い出し、ここでは認識的利益を信頼性と同一視する事を提案する。信頼性は測れるし、確かに重要な利益である。
・誤ったコスト‐利益アプローチを認識論の中心にするのは不安かもしれない。しかし、誤っている点(重要性の無視)は明確である。このため、重要性の説明を組み込めば、実利益に近い計算が出来ているのは何時なのかわかる。従って個々の分析をいつ信じればいいのかも分かる。また、推論の扱いやすさや信頼可能性と問題の難しさは独立に探求できる〔ので、重要性を無視する事は大きな問題ではない〕。

2.2 認知的コスト

・時間、注意、短期/長期の認知能力など資源は多様であり、どれに負担がかかるかは戦略により異なる。単一次元で単位を振れるような認知的コストの概念は作れないだろう。
・しかし、利益の場合と同様にこれは問題ではない。認知的コストとは結局、戦略が扱いやすい/にくいという事を言いたい概念であり、我々は戦略を実装するのにかかる時間を、推論の実コストをよくトラックするものと考えてよいだろう(不完全な代用)。

2.3 曲線と処理

・記録されたパフォーマンス(あるいは結果)に基づく限り、われわれは推論の戦略のパフォーマンスを曲線によって大雑把には表現できる。問題によっては、パフォーマンスが大きな不連続性を示す戦略があると考えるべき理由はない。

3 コスト‐利益の命法

・以上のコスト‐利益認識論は2つの長所を持つ。
(1)時間と信頼性は計量可能であるため、(a)パフォーマンスの帰結の観察によって曲線を決定できる、(b)パフォーマンスの予測の基盤として曲線を用いることが出来る。
(2)時間と信頼性は、問題の性質(認識的利益と認知的コスト)をだいたいトラックしている

・ところで、SPRsを導入するのには、別に手の込んだ費用便益分析の仕組みを考案する必要はないと指摘されるかもしれない。しかしふたつの理由からそうではないと思われる。
・まず、利益‐コスト曲線は教育上有益な道具である。推論戦略を改善するためには、自分の推論がどれだけダメかを理解する必要があり、利益‐コスト曲線はそれを鮮やかに示す。
・次に、費用便益分析は推論者に一種の規律を課す。SPRsが与えられた時に自由選択戦略をとると信頼性が低下する事は前述したが、このように主観的には魅力的だが体系的に欠陥を持つ戦略に惹かれてしまう場合に、補正の役割をしてくれるのが費用便益分析なのである。

・付言すると、推論者に規律を課す以前に、そもそも有害な衝動には惹かれないような人物を教育するという方法で推論を改善する道もある(ただこれは応用認識論の仕事ではなかろう)。