えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

認識論に対するコスト・ベネフィットのアプローチ Bishop & Trout (2005) 

Epistemology and the Psychology of Human Judgement

Epistemology and the Psychology of Human Judgement

  • Bishop,M. and Trout, J. (2005) *Epistemology and the psychology of human judgment* (Oxford University Press)

1. 手札を見せる
2. 統計的予測規則の驚くべき成功
3. 向上心理学から認識上の教訓を汲み取る ←いまここ
4. 戦略信頼性主義:ロバストな信頼性
5. 戦略信頼性主義:卓越した判断のコストと利益
6. 戦略信頼性主義:認識的な重要性
7. 標準的な分析的認識論の問題点
8. 認識論を実践へ:心理学における規範性論争
9. 認識論を実践へ:積極的なアドバイス
10. 結論
補遺

【やる事】向上心理学の出す推奨を導く認識論的枠組みを抽出する。
・この枠組みは(一義的には)認識論的正当化ではなく推論戦略の「認識的卓越性」の理論になる。向上心理学の成功と失敗をみると、推論の卓越性には3要因が寄与する事が分かってくる。

1 ロバストな信頼性

・SPRsと人との比較でみたように、向上心理学がうまい推論戦略を特定する際の観点は「信頼性」である。

2 推論のコストと利益

・向上心理学は、推論問題に取り組むに際して安くて簡単な方法を見つけようともしている。単純な推論戦略は、素早い行為が必要な場合に実践的利益を持つだけでなく、同じ<料金>でより多くの/重要な真理の探求を可能にさせるという認識的利益をも持つ。
・例えばG & G (1999) は、他の推論戦略(例えばベイズ主義的モデル)よりも手掛かりが少なくて済み、同時により信頼できる、という点に訴えて、自らヒューリスティックを擁護する。
・また、Lovie & Lovie (1986) は、フラットマキシマム原理の利益の一つは、同じ程度の信頼性をもつ様々なSPRsから比較的低コスト〔重み付けが簡単〕の選択を可能する点にあると論じる。

3 重要性

・世界は相関に満ちているのでSPRsを見つけるのは難しくないが、「便利な」SPRsを見つけるのは難しい。「リンカーンはワシントンより偉いと思うか」を性別予測のSPRとして使うと、51%の正答率が得られる(Meehl 1990)。しかしこの種のSPRsが便利でない理由が少なくとも3つある。(1)ランダムに予測しても大して結果が変わらない。(2)そもそも相手のリンカーンへの態度を知っていてそこから性別を予測する必要がある場合などほぼない。(3)仮にあったとしてもそれは実生活上に特に重要な問題ではない。
・向上心理学が推奨するSPRsは重要な問題に取り組むものであり、向上心理学は「重要な真理」を探すことにコミットメントしている。

4 よりよい推論のための実践的枠組み

・以上から荒削りに出てくるのは、認識論に対する<重要な真理を第一の利益とするコスト‐利益のアプローチ>である。ここから既に、推論を改善する方策を構想しはじめる事が出来る。
・「応用認識論」は本質的に、「どうやったら世界に関して良く思考できるか」について思考する、二階の推論戦略である。B&Tの観点から言えば、「どう認知的資源を割り振り、いつ古い戦略を新しい戦略に置き換えるべきか」についてコスト‐利益のアプローチをとる事が、応用認識論には含まれる。まず人工的な例でこのアプローチを導入しよう。

【入試】
テストは口述と筆記の2部に分かれ、受験者はそれぞれで別の推論戦略(A・B)を使う傾向にある。「認識的利益」は「正答」、認識的コストは「回答時間」で定義する。受験者の推論戦略がよりよいのは、短い時間で多くの正解を得られる場合である。

・この時、戦略が単位時間当たりに生み出すと期待できる正当の総量をプロットするコスト利益曲線によって、戦略A・Bを表現出来る(図3.1)。曲線のパターンは推論戦略の限界効用逓減を表す。

・問題:「受験者の有限の資源を2つの戦略に配分する際の、最善の方法は何か?」

・最も有効な分配は、両方の推論戦略の「限界期待信頼性」(MER)を等しくするものだろう。図3.2で云うと、Aに割かれるコストがcaの場合、AのMERはcaにおける曲線のタンジェント(Δx/Δy)で与えられる。被験者が(ca+cb)のリソースを持つ時、正答を最大化するためには、Aにはca、Bにはcbを割り振るべきである(ここで両戦略のMERは同一になる)。

・推論戦略の信頼性は割かれる資源の量の関数である。このことは、図3.3のように「いつでも一番信頼可能な戦略がない」場合を考えると重要である。

・さらに、「新しい推論戦略を採用する事」にまつわるコスト、「始動コスト」の存在も重要である。「始動コスト」には、新しい戦略を探すことのコスト(検索コスト)や新しい戦略の使用法を学び応用する際のコスト(実装コスト)などが含まれる。CからDへの転換にまつわる始動コストsがある場合、より現実的な図は3.4である。

・始動コストは保守性を招きがちだが、判断を行うための時間がたくさんあれば始動コストはあまり問題にならない。

・以上から、推論を改善する方法は4種類であると言う洞察が導かれる(図3.5)。

4.1 資源の再分配

・3.5には図示されていないが、世界に関する1階の推論は変えずに、資源の分配に関する2階の戦略を変更するという推論改善法がある。ある問題に対して時間を割きすぎている場合、別の問題に配分しなおしてMERを等しくすれば、信頼性は向上する(cf. Goldman 1999)。上の例では利益=正答の数になっているものの、この再分配は、「より重要な」真理への到達をも可能にする。
・ここで人は、〔何が重要な問題かは自分でわかっているので〕〔より〕重要な問題に資源を割くよう〔他人や理論から〕アドバイスされる必要など無いと反論するかもしれない。しかしどの推論問題が重要かは経験的問題である。
・「感情予測」に関する研究によれば、自分(や他人)を幸せにするだろうものに関する人間の予測は抜本的に間違っている。一定の貧困から脱すればお金は幸せに少ししか寄与しない(Diene and Oishi 2000)上、寄与すると思っている人は人生により多くの不満を抱えている(Myers 2000)。クジに当たったりテニュアをとったり暖かい地方に引っ越すと幸せが増し、対麻痺で脊髄損傷すると幸せがすごく減ると考えられているが、実際はそうではない。こうした個人的な予測に執着することはコストが高く、自身を傷つける事にもなる(Kahneman 2000)。人生全体に満足している上位10%の人は、強い社会的/愛情の絆をもった社交的な人なのである(Dienier and Seligman 2002)。
・「重要性」へ注意を払うB&Tの認識論は、こうした快楽心理学の情報を規範的推奨のなかに組み込むことが出来る。

4.2 より信頼可能(だがより高くない)推論戦略を採用する(1)

・最もシンプルで常に有効な推論改善法である。多くのSPRsこの方法で推論を改善する。

4.3 より信頼可能で、より高い推論戦略を採用する(2)

・この戦略も 有効な場合がある。図3.6のような状況で、受験者は今のところcをDに割いているのだが、この問題に対してc1を割く時間とエネルギーがあるものとする。この時、戦略をEに変えるべきだろうか?
・場合による。というのは、この問題に資源を割いて信頼性を上げると事は、当然テストの他の問題における資源が減って信頼性が下がるからである。ローカルに信頼可能な戦略は、グローバルに信頼可能な戦略とは両立しない。資源の有限性のせいで、後者を最適化するのに前者の非最適性が必要な場合があるのである。
・「最善の選択に資源を割いた場合に失われるもの」(機会コスト)を考えれば、我々は必ずしもいつも理想的(最大限正確)な推論戦略を使うべきではない。このことは、〔余らせたコスト(時間)で別の事が出来るという実践的視点だけでなく〕純粋に認識的視点からも言える。というのは、機会コストは認識的利益の放棄の形(資源不足で他の問題を前進させられなくなる)で出てくる事もあるからである。
・非常に信頼性が高いがコストが高い推論戦略(例えばベイズの規則や知識の閉方(Cherniak 1986))は、これまでも「実装不可能」という点で批判されてきた。さらに以上の議論によれば、こうした推論はたとえ実装可能であっても認識的卓越性を増強しない場合がある。

4.4 より信頼可能でない(がより安くすむ)推論戦略を採用する(3)

・今の話と逆の事も言える。すなわち、ローカルな信頼性を低下させる戦略を採用する事で、グローバルな信頼性を向上する事が出来る場合がある。

5 結論

〔省略〕