えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

まとめ:「キュビエ‐ライエル革命」 Rudwick (2008)

Worlds Before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform

Worlds Before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform

  • Rudwick, Martin. *Worlds before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform* (Chicago: University of Chicago Press)

Ch. 28 The human species in geohistory (1830-37)
Ch. 30 Progression of life (1833-39)
Concluding (un)scientific postscript ←いまここ

  本書『アダム以前の世界』〔WBA〕のみならず、前著『時間の限界を破る』〔BLT〕をも総括したあとがきです〔章タイトルはキェルケゴールの『哲学的断章への結びとしての非学問的あとがき』から〕。
  まず、2著作の関係が整理されます。BLTでは、コペルニクスやダーウィンやフロイトの革命に劣らない「革命」を描く事が約束されました。それは、<人間は「地球史」の中での新参者にすぎない>という認識です。BLTは18世紀末期、政治的な〔フランス〕「革命の時代」に焦点を当て、その最初の数十年のなかで、自然界に対する歴史的な探求法が、最新の科学・「地質学」となるさまを示しました。人類以前の歴史を現在の人間に理解可能にすることで「時間の限界を破る」というキュビエの希望に、バックランドのカークデール洞窟のような例は有望な事例を与えたのです。この方法が更に全時代の遺物に対して用いられていく過程が、WBAの対象にして副題でもある、政治的「改革の時代」の出来事でした。
  次に、幾つかの方法論的なコメントがなされます。世界史から借りられた「改革の時代」という副題は、科学の展開がより広い人間世界と切り離せないことを示します。ただし、社会的状況はある科学的営みを可能にしたり制限したりする「背景」のことで、化石自体や学者の議論が政治的な影響を受ける訳ではありません。また、本書はこの分野で主導的な学者の間での論争を主に追いかけるエリート主義的な説明を行いましたが、しかし彼らは、社会的な意味ではなく知的エリートであり、彼らの対話や議論を通してこそ、新しい知識の主張がもっとも厳密かつ効果的に試されたのです。これら主導的な学者達の視野は、科学学術誌のネットワークを含む国際的な科学コミュニケーションのインフラに支えられていました。また彼らは極めて国際的であるのみならず、「個別性」すなわち化石などの第一の証拠を「実際に自分の目で見る事」への強い指向をも持っていました。出版物や会合でこの経験を伝えるためには、絵画や版画・リトグラフ等の形で、代理の化石や風景などが用いられました。
  <地球、そして自然界がそれ自身の歴史を持つと見なされるようになったこと>、これが2著作の主題でした。はじめ、この見方は因果関係の発見という古き良き研究法はうまく折り合いませんでしたが、現在因の方法によって歴史と因果は繋がれることになります。現在因は世界に何らかの種の斉一性を前提しますが、ライエルは極めて極端な斉一説をとり、結局これは維持できない説だったのでした。しかしそれでも、「時間の限界の破り方」を示したキュビエおよび、とりわけ第三期の再構成によって歴史と因果を決定的につないだライエルによって、「キュビエ‐ライエル革命」が成し遂げられたと言えるでしょう。
  続いて、「ホイッグ的ではないか」「単線的な歴史に見える」「単純な二極化をしているようにみえる」などのありうる批判や誤読に対する弁明がなされます。また、この種の話題に必ずついてまわる「科学対宗教」の「対立テーゼ」が、それぞれの項を非歴史化してしまう点で批判されます。全ては時間と場所と人によるのです。実際、聖書の字義通りの読みはすでにとられなくなっており、地質学と創造の間にはそう重要な衝突はなくなっていました。衝突があったとすれば、それは局所的に、創造のタイムスケールの短さを強調する「聖書地質学」を提示する一部の大衆と学者の間にあったのです(この大衆側からの歴史の可能性を、ラドウィックは示唆しています)。
  最後に、ユダヤ・キリスト教的文化が地質学に与えた影響が確認されます。人間の生と世界の歴史は創造主の統治のもとにあり、人間・非人間の世界は歴史的従って偶然的です。とすれば、地球史は実際に起こった事をつぶさに見ることでしか描けない。一方で普遍の因果性を強調したハットンら理神論者は、地球史の再構成には大きな役割を果たせませんでした。