- Ley, M., & Rambukkana, N. (2021). Touching at a distance: Digital intimacies, haptic platforms, and the ethics of consent. Science and Engineering Ethics, 27: 63. https://doi.org/10.1007/s11948-021-00338-1
序
- 触覚技術の発達により、遠隔地にいる人に「触れる」ことが可能になる。
- 単身世帯の増加、「エピデミック」としての孤独、コロナ禍により、デジタル触覚市場は大きくなってきている。
- 触覚技術は様々な倫理的検討を要するが、ここでは物理的/デジタル上での同意に注目する。
デジタル親密性とプラットフォーム研究
- これまで、デジタル文化研究では親密さが、親密性研究ではデジタルプラットフォームが見すごされがちだった。
- デジタル親密性研究(Rambukkana, 2015)は両者を接続させ、人と人とが、プラットフォームに媒介されながら、デジタル世界で親密になる様々な仕方を明らかにするものである。
- 既存のプラットフォーム研究は、視覚・聴覚・言語を通じたつながりに注目してきた。これに対し本論文は、技術が可能にする触覚的な親密性に注目する。
親密性を育むプラットフォームとしての触覚技術
- 親密さを育む触覚的プラットフォームの例として、次のようなものがある。
テレディルドニクス(Teledildonics)
- 「テレディルドニクス」という言葉は、ハワード・ラインゴールド(Howard Rheingold)によって1990年代に作られた。性玩具を用いてオンラインで他人と性行為するというハワードの未来予測は当たっている。
- 例えばKiiroo社では、オンラインで同期するオナホールとバイブレータを販売している。その宣伝文句では、快感を共有することと距離を縮めることが強調されている。
- だがこうした技術は新たな危険も生じさせる。たとえばデバイスの使用者に関する欺瞞、ハッキング、記録の非合法の配布などの懸念があり、「欺瞞による強姦」に繋がる恐れがある(Sparrow & Karas, 2020)。
キッセンジャー(Kissenger)
- Lovotics社のキッセンジャーは唇形デバイスで、一方のデバイスに加えられた圧力を他方のデバイスにリアルタイムで再現することによって、他人とデジタル的にキスすることを可能にする。
- 技術の目的としては、やはり物理的な距離を取り除くことが挙げられている。
アップルウォッチ
- アップル製品は、常に心地よい触覚経験を念頭に作られてきた。
- 特にアップルウォッチは複数の触覚技術を利用した常時接触型UIを備えている。受動的な触覚経験とタッチメッセージの送信機能を併せ持つアップルウォッチは、最も幅広いユーザーを持つ新世代触覚技術である。
ヘイ(Hey)ブレスレット、ヘイタッチ
- Hey社は、性的ではない親密な触覚を可能にするコミュニケーションデバイスの作製に注力している。
- 宣伝では、デジタルコミュニケーション触覚というギャップを取り除くこと、また触覚がサポートや愛情を伝える点を強調している。
- ヘイタッチは箱型デバイスで、200種以上の触覚を他ユーザーに送信できる。メッセージや画像と組み合わせることで、既存のデジタルコミュニケーションを強化することもできる。
触覚の曖昧さ
- デジタル触覚プラットフォームの宣伝では、触覚の感情的な性質が利用されている。
- 触覚はしばしばメタファー的に使われて感情的経験を表現する(”I was touched”, “it hit me”, “I feel that”, “I grasp it”) 。宣伝でもこのメタファーが意図的に用いられ、購入者の情動に訴えるものになっている。
- 製品が与える感覚も身体的であると共に情動的なものであり、後者はユーザーたち自身の関係や歴史と、メーカーが商品に与える意味や言説によって形成される。
- また、デジタル触覚技術にも、直接的触覚のもつ曖昧な性格が残っている。
- 触られることは単に受動的なことはでなく、それが喚起する情動は能動的要素がある。また触ることは自発的に見えるが、触られる側からの影響をも受けており、自他の境界が曖昧になっている(Al-Saji, 2010; Maclaren, 2014)。
- ただしデジタル触覚の場合、ユーザーは相手自身ではなく相手の表象に、またテクノロジーに同調する。宣伝とは裏腹に、技術に媒介された触覚経験は直接的な触覚経験とはかなり異なる。とはいえ使い込むなかで、デバイスは単に触覚の再現というよりは、(本物と精確に同種ではないにせよ)より本物のような経験を指せるようになるだろう。
- 自他の相互性、技術による媒介、経験がより本物になっていく、といった要素は、次節で扱う同意の問題を重要なものにする。
倫理、同意、触覚プラットフォーム
- デジタル触覚技術においては、プライベートだと思われる事柄に多くの未知の人が関わる(プラットフォーム、企業、開発者、製造元、クラウド、データの保存と使用、研究、人工衛星、インターネット)。
- そこで、プライバシーポリシーやデータ収集に関して、同意が重要な事項となる。
- 触覚技術が収集する情報は親密な実践や欲望にとどまらず、体型、体温、触感、心音などにおよび、人のアイデンティティと身体の包括的な記録を構成しうる。
- 2017年には、ワイヤレスの性玩具がユーザー情報を秘密裏に収集していたことに集団訴訟が提起され、500万ドルの和解に至っている(Perkel, 2017)。
- 近年では性的同意にかんする議論が進んでおり、デジタル触覚技術にどう落とし込むかを慎重に検討する必要がある。
- 現状の未熟な触覚技術でも、ミスコニュニケーションや境界線超えの可能性は多い。身体全体を考慮しなければわからない身体感覚(例えば緊張)の意味は、デジタル技術の中では失われてしまうとかもしれない。
仮想現実(VR)・セックスロボット
- VRやセックスロボットにおいては、同意の概念が歪められてしまっている。
- VR上では不同意の痴漢行為が行われており、「現実と同じくらいリアルだと感じられて」いる(Belamire, 2016)。
- より日常的な場面でも、身体を通じた微妙なニーズや欲望を伝達することができないために、継続的で真摯な同意を確保するには強い言語コミュニケーションが必要になる。
- 同意をより完全にするためには、より繊細な触覚を伝達可能なボディスーツなどの技術的進歩が必要である。
- またセックスロボットの批判者は、ロボットが同意できないことを重視している(Richardson, 2022)。
- これと並行する問題として、ロボットのほうは人間が性交を望んでいる、あるいは同意していることをどう判断するのかというものがある(Levy, 2020)。
- 自律型ロボットによる性的暴行は事故であり、法的手続きではなく保険などで保証されるべきという考えもあるが(Levy, 2020)、これはかなり不安にさせる見解である。
- なお同意に関する別の論点として、虐待や支配がデジタル空間でも続く可能性がある。
- デジタル技術はスイッチを切ったり外したりできるものの、権力関係のなかでこうした選択をするのは不可能に思われるだろう。
結論
- デジタルな触覚には、単に2人の人間だけでなく、それを設計し分配するインフラ全体が関わる。
- 技術に関する意思決定ではプライバシーや安全性、効率性などが優先されることが多いが、デジタル触覚技術では身体的同意がそこに付け加えられるべきである。
- とくに触覚技術が親密性と関わる場合には、倫理的考慮を積極的に行うべきなのは明らかである。
- こうした倫理を展開し取り入れるためには、ユーザー間(もしくはユーザー-ロボット間)相互の同意を促すようなデバイスが必要になる。同意の問題に取り組む人文学者と開発者の協働が求められる。
- また同意が技術に順応していくこともありうる。例えば自動切断ボタンや、触覚情報を受け取る相手・時間・場所に関する個人設定などは、〔同意に関連する機能として捉えられうる〕。
- デジタル親密性に関する経験的調査をもとに、倫理学者、デザイナー、法律家、ユーザーなどの多角的視点をさらに取り込むことで、実際の触覚の弊害を拡大させない形でデジタル触覚技術を展開することができるだろう。