えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

良心的ワクチン拒否 Clarke, Giubilini, & Walker (2017)

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/bioe.12326

1. 序

  • 本論文は次の2つの問いのみを扱う。
    • (1) 人は、伝染病に対するワクチン接種について、良心的に拒否する権利を持つべきかどうか
    • (2) もし持つべきである場合、良心的拒否にはどのような制約や要件があるか
  • 良心的ワクチン拒否は、良心的兵役拒否に比べてほとんど議論されていない。
    • そこで本論文では、良心的兵役拒否と良心的ワクチン拒否のアナロジーを検討する。
  • 本論の主張:
    • 良心的ワクチン拒否者は、社会に対する適切な貢献をするべきである。
    • 求められる貢献の大きさは、問題となる疾病の深刻さ、罹患率、ワクチン拒否が危害につながる可能性、に応じて決まる。
    • 良心的ワクチン拒否者の割合が、集団免疫獲得を脅かすほど大きい場合、良心的ワクチン拒否者への要求は膨大になり、実質的に拒否不可能になる場合がありうる。

2. 良心的兵役拒否の権利と義務の土台となる倫理的論拠

  • オーストラリア、イギリス、アメリカにおいて、良心的兵役拒否者には代替業務が割り当てられる。
    • 軍務内の非戦闘業務か、もしくは、軍務には直接関係しないが社会福祉へ貢献するような業務のどちらかである。
  • また良心的兵役拒否者は、通常、その拒否が誠実(sincere)なものであることを証明する必要がある。
    • これは通常は法定で評価される。法定が調べるのは誠実性(申請者が従軍と整合しない信念を本当に持っているか)であり、妥当性(申請者による説明が理にかなっているか)ではない。
  • 代替業務賦課を正当化する方法は、少なくとも2種類ある。
    • (1) 自身の社会の維持・保全に貢献する一般的な義務が存在するのだから、その社会が危機に瀕している場合には、特別な貢献をする義務がある。
      • 良心的兵役拒否者は、徴兵を免除されるとしても、社会の維持・保全に貢献する義務がなくなるわけではない。このために、代替業務賦課は正当である。
    • (2) 社会は、タダ乗りを防止する必要がある。
      • 社会は多数の便乗者には耐えられない。兵役は負担の大きい義務だと考えられがちで、タダ乗りの誘惑が大きい。代替業務賦課によって、便乗者が誠実な良心的兵役拒否者を偽装することを抑制できる。
      • このことは、良心的兵役拒否者がその誠実性を示す義務の根拠にもなる。

3. 良心的兵役拒否と良心的ワクチン拒否の異同:自由、リスク、効用

  • 感染症は、軍事侵略と同様に、社会の維持・保全を脅かす可能性を持つ。
    • そこで、戦時おける軍隊に貢献する義務とのアナロジーで、感染症の蔓延を防ぐ義務の存在を主張することができる。
      • 実際、公衆衛生倫理分野では、感染症と戦争のアナロジーは広く用いられている。
  • 徴兵でもワクチン接種でも、個人に義務が課され、それが公共善によって正当化される。
    • このとき、個人には3種類のコストがある
      • (1) 自由:
        • 個人が自発的に行わないことを要求される点で、ワクチン接種でも軍隊でもほぼ変わらない。
      • (2) リスク:
        • 戦闘には生命のリスクがあるため、徴兵のほうがワクチン接種よりもリスクが高い。
      • (3) 効用(個人に要求される時間やエネルギー):
        • 徴兵者の訓練には相当の時間がかるため、徴兵のほうがワクチン接種よりも効用コストは圧倒的に高い。
  • 良心的拒否が認められなかった場合の負担の厳しさを評価するためには、こうしたコストと、個人的利益とのバランスを考える必要がある。
    • ワクチン接種には免疫獲得という利益があるが、兵役にはこれに対応する利益はない。
      • ただし徴兵には、給与、後の市民生活で役立つかもしれない訓練、軍人としての成功、といった利益はある。
  • 自由・リスク・効用の異同を踏まえると、良心的ワクチン拒否者には、感染症を防いだり社会全体の福祉に貢献する努力をすることが、良心的兵役拒否者と少なくとも同じ程度の強さで求められると思われる。
    • 〔ワクチン接種よりも兵役のコストのほうがおおむね高いと考えられるため、〕良心的兵役拒否者よりも強く努力が求められることはないだろう。

4. アナロジーが良心的ワクチン拒否にもつ含意

  • 以上のアナロジーは、2つの大きな政策的含意をもつ。
    • (1) 良心的ワクチン拒否者に、その誠実性を証明する証拠の提出を求めることは正当である
    • (2) 良心的ワクチン拒否者には、社会の維持に貢献する義務がある
  • ワクチン拒否者は多いので、誠実性の評価には多大な非常にコストがかかる。そこで、教育的カウンセリングや社会貢献活動を要求することで、誠実性を間接的にテストするほうが良いかもしれない。
  • また、ワクチン拒否が社会に与えるコストを制限するために、良心的ワクチン拒否者にはいくらかの要請を課しうる(渡航制限、隔離、検疫など)。
  • しかしこれらの要求は、社会の維持に貢献する義務とは別物である。
    • 上記の要求の他に、良心的ワクチン拒否者には罰金、公的補助停止、社会奉仕活動等が別途要求されうる。
  • ただし、具体的にどんな社会貢献を補償として課すべきかは難しい問題である。
    • 戦時下では戦闘業務と並んで非戦闘業務も必要なため、良心的兵役拒否者も後者の手段で全体的な目標に貢献できる。
    • 他方で、良心的ワクチン拒否者に、集団免疫や公衆衛生を促進させる貢献が可能かどうかは明らかではない。
  • 候補としては課税がありうる。
    • 公平な補償額は、問題となる病気の深刻さや、ワクチン拒否がアウトブレイクにつながる危険性等によって決まる。
    • こうしたシステムでは、ワクチン未接種率が高まるほど、ワクチン拒否者に求められる財政的貢献は大きくなる。
      • 病気が深刻で感染リスクも高い場合、ほぼすべての人が支払えないレベルまで金銭的補償額が高まることもありうる。