えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

詳説:コスミデス&トゥービーの社会契約説 Cosmides & Tooby (2007)

Moral Psychology: The Evolution of Morality: Adaptations and Innateness (A Bradford Book)

Moral Psychology: The Evolution of Morality: Adaptations and Innateness (A Bradford Book)

―――――1 進化心理学と義務論理―――――

・人間の道徳概念や直観や感情は、進化の過程を反映したものだろう。C&Tは、社会的交換(互酬)に関する義務的推論のために進化した特殊化について研究を行ってきた。進化ゲーム理論によって社会交換に適応的に参加するための計算論的な条件を分析する「社会契約説」によれば、その条件の多くは、そのために機能的に特化した計算システムの中に実現される他ない。
・人間の認知構造は、「協調的相互作用に必要な推論や目的でESSを埋め込んでいるものを生み出すために、適応的に特化したデザインを持つ神経計算システム」である「社会契約アルゴリズム」(SCA)を信頼可能な形で発達させるだろうか?〔SCAは人間本性か?〕
・社会契約説は次のような仮説を立てる。
(1)SCAは、社会契約を含む状況を特徴づけるような、<欲求・利益へのアクセス・意図のパターン>の指標となる個別の手掛かりによって活動する。
(2)SCAは一度活動すると、自前のフォーマットを介してその状況を表象する。このフォーマットは、SCAがそのために進化してきた領域〔社会交換〕において、適応上重要な区別を表象する(例えば、「行為者i」「行為者iへの利益」「行為者iへの要請」「義務」「権利」、「欺き」)。
(3)SCAは、<間領域的に正しい訳ではないが、適切な適用領域の中で働けば適応上有用な推論>を生成する事によって、こうした自前の表象を作動させるよう機能的に特化した推論手続きに、搭載されている(この推論の中には、義務と権利を相互に推論させ合う社会契約に特化した変換規則を適用するものや、裏切り者検出を統制する推論などがある)。
・この論文では、社会契約説から出る予言をテストすべくC&Tが25年にわたって行ってきた研究結果をレビューする。この際、「社会契約に関する推論と他の義務領域における条件的推論の結果は違う」という点に焦点を当てる。というのは、社会契約に関する推論にまつわる問題はあらゆる義務規則に関しても生じると勘違いしている人が多いからと、領域一般的な義務論理を作るという道徳哲学の一プロジェクトへの含意があるからである。

1.1 なぜ道徳心理学は人間本性に配慮すべきなのか

1.1.1 自然選択は道徳関係ないプロセスだが、道徳直観を生むことが出来る

・進化は道徳的行動を促進するデザインに有利な訳ではない。ただし、特定の状況で援助を行わせるような神経上の変異が生じたとして、それが繁殖に寄与するならば自然選択によって残る。偶然と自然選択という盲目のプロセスを経て、「人間本性」すなわち「人間の心の持つ、信頼可能な形で発達する、特定タイプの情報処理構造」は構築されてきた。

1.1.2 人間本性、進化してきた推論、道徳哲学

・道徳哲学者が人間本性に配慮すべき理由は多数ある(C&T 2004, 2006)が、ここでは2つ挙げる。
(1)自分の判断がいつ道徳感情や推論に基づいているのかを知り、それを自分の理論においてどう考慮すべきか決断する必要がある。例えば、反実仮想的な議論に対してむけられる道徳感情は、道徳関係ないプロセスによって進化したプログラムを読み出しているだけなのかもしれず、その場合はそれが健全な支持になるとは言い難い。
(2)特定の道徳概念も進化の産物である。おそらく、「ought」「should」「must」などの単一の語は、別々の領域特定的な推論システムに埋め込まれている複数の概念を指示している(経験的証拠は後で、理論的考察は次節)。ところで、義務論理は、(i)「日常の義務言語と義務推論の論理的構造」捕まえる事(Castañeda 1981)と、(ii)内容や文脈から独立に「obligation」など義務概念に適用できる統語論を作る事(von Wright 1951)を目的とする。しかし、義務推論が統一された現象でないなら、2つの目的は整合しない。

1.1.3 領域特定性、進化、義務推論

・何が適応的かは領域によって異なる。とすれば、自然選択は、領域固有のデザイン特徴を備えた、別々の神経計算システムを生むだろう(e.g., Gallistel 2000)。この視点の下では、人間の社会的相互作用も、個々の領域(仲間と、子供と、交換相手と、ライバルと……)を上手くやるために機能的に特化して進化してきた特殊化によって、統制されているものとみえる。
・手〔move〕、期待、義務、禁止、権利など、社会的相互作用が領域横断的に含む概念もある。しかし、それらの概念が個々の領域での推論において果たす役割は独特である。進化によって生じた各々の特殊化においては、こうした義務概念の変種(version)が用いられていると思われる。
・以上のような話がわずかでも正しければ、一般的かつ記述的な義務論理はつくれない。より現実的で啓発的な目標は、真理論理とのアナロジーをあきらめ、領域と文脈の特定性を包括し、よく特定された領域特定的な義務論理を作ることである。
・真理論理は知識の増加に役に立つが、義務論理は人間の倫理的な次元を明確化する役に立つ。しかしそのためには、記述と規範両方の目標を達成していなくてはいけない。

1.2 人間の推論研究における伝統的な合理性把握

・以下では、我々の心が社会的交換状況において実際に運用している義務論理に関する知見ていく。しかしその前に、より大きな文脈のなかにこうした知見を位置付けたい。
・認知革命以来の推論研究は、人間の推論は「合理的アルゴリズム」を実装している、すなわち、数学や論理の規範的で真理保存的な推論規則が運用されていると仮定してきた。
・しかしウェイソン自身にも驚きだった事に、人々は4枚カード問題で条件法の違反を検出できない。これはIQ、実験の誤解釈、内容への親しみのなさ、「¬Q&PがP→Qの反例であることへの無知」(Manktelow & Over 1987)等では説明できない。
・叙述的条件法を用いた選択課題の結果は、我々の脳の回路はどうも一階の論理の全ての推論規則を実装している訳ではないという疑念を多くの人に抱かせるに至った。

1.2.1 パターンに対する義務にまつわる例外

・ところが80年代初頭には、人々はある種の義務的条件法を用いた課題、すなわち、ある背景のもとで人が何かを義務付け/権利づけされていると述べる条件文を用いた課題になら、どうやら正答出来ると分かってきた(Griggs and Cox 1982, C 1985)。
・そこでC (1985)は、人間の心は社会的交換に関する推論のために機能的に特化した計算的機構であるSCAを信頼可能な形で発達させると提案した。そこでは、社会契約テンプレ(詳細下)にフィットする義務規則は、4枚カード問題に対する違反検出を、内容や親しみとは無関係に高いレベルで引き出す事が示された。SCAは一種の義務論理を含むが、(2・3節)、それは社会的交換を含む状況に関する解釈と推論のための特殊なものである(4節)。
・Cheng and Holyoak (1985) も、特定の義務規則が高いレベルの違反検出を引き出すことを示した。しかし彼らの「許容図式説」は社会契約説より説明の射程が広く、一般的義務論理制作の見通しを明るくする。4節では、この理論に不利な証拠を見る。

1.3 推論研究における生態学的合理性

・C&Tの研究は、伝統的な合理性観ではなく「生態学的合理性」観から生まれた。人間の認知構造は、機能的に孤立した多くの計算システムを信頼可能な形で発達させる。そのデザインは、内容自由な合理性の規範(例えベイズの規則)を具体化してはいないかもだが、それを解くために進化したところの適応問題に必要な課題を反映している点で、生態学的に合理的である。(Barkow, C & T 1992)。
・生態学的に合理的な推論能力の例としては、バロン=コーエンのチャーリー課題で測られるような、視線方向を欲求と結び付ける推論能力がある。こうした、進化によって生じてきた内容/領域特定的な多くの推論器関によって、我々の認知構造は占められていると期待できる(加えて、より内容/領域一般的な推論能力があるかもしれない)。その中でも以下では主に、社会的交換に関する推論のためのシステムと、危険な状況でのリスク低減のための(予防規則への違反を検出するための)システムについて議論していくことになる。
・こうした領域特定的な推論システムは、情報を簡単に自動的に処理するので、哲学者さえその存在に気がつかない(「本能盲」)。しばしば哲学者は、社会交換状況は叙述的規則とは違った解釈を「持つ」と言ってデータを説明しようとしてきた(Buller, 2005; Fodor, 2000)。これは社会契約の素朴実在論である。むしろ、心は〔状況に対して〕「社会契約という解釈を割り当て」ているのであり、この際の計算論的な手続きの説明を行うのが社会契約説なのである。 と言うわけで理論編に移る。


―――――2 進化的に安定した戦略と社会契約説―――――

・あるシステムが特定の機能のために進化した適応であることを示すには、〔その〕表現形の諸特徴が、(i)特定の適応の問題の主要部を非常に良く解くように組み合わさっており、(ii)その組み合わさり方たるや偶然や副作用で生じたのではなさそうだ、と示す必要がある。では、今問題となる適応の問題とは何か?
・C&Tは狩猟採集民の行動生態学に対してESS分析を行い(C, 1985, Ch. 5)、情報処理プログラムが進化的に安定した形の社会的交換を埋め込むために上手く解く必要のある課題を特定した。こうした、必要とされる計算の課題分析である「社会契約説」により、社会的交換の領域における良いデザインが特定された。以下はその主要部分を見ていく。

2.1 社会契約説

・社会的交換とは、別の行為者から「利益を」受け取るために、ある個体がその行為者によって課せられる要求(コストであることが多い)を満たさなくてはならない状況である。「社会契約」とはこの相互の随伴性を指す言葉であり、「もし行為者Xから利益を受け取ることを受け入れるなら、Xの要求を満たさなくてはならない」と条件法の形式で表現できる(「ならない」は論理的必然性ではなく義務で読む)。社会契約への参加の意図は明示的にも暗黙的にも表明されうる

2.1.1 SCAによる解釈

・ある状況が社会的交換参加への同意を含むと解釈された場合、SCAは義務や権利などの義務概念を〔そこに〕適用し、交換に関する様々な含意や帰結を推論する。例えば、言明[1]と[2] は相互に含意関係にあると考えられるだろう。

[1] もしあなたが行為者Xから利益を受け取ることを受け入れるなら、あなたはXの要求を満たす義務がある。
[2] もしあなたが行為者Xの要求を満たしているなら、貴方はXが提供すると申し出た利益を〔受け取る〕権利がある。

・義務や権利の概念を社会交換〔状況〕に正しく課すためには、一定の状況上の手掛かりが現前していなくてはならない。各々の行為者が何を欲しているかに関する情報は重要である(例:姉は私の車を借りたいが、私は次乗る時ガソリン満タンであってほしい)。
・こうした剰余構造〔解釈以前の状況自体の内には見出せない義務と権利の層〕を我々は極めて自動的かつ直観的に導入するが、この常識を生むのには本当は様々な機構が関係している。視線、動き、発話などの手掛かりに基づいて欲求を計算するTOM機構があり、〔そこで産出された〕表象は、一定の(古くからある)状況(社会的交換、恐れ、予防、求愛など)を検出するためにデザインされた諸機構に供給される。社会交換検出器が活動するのは、<目下の状況が上で見たような互い違いの欲求と利益のアクセス構造をもち、さらに交換への同意の指標が存在する>と検出器に登録された場合である。これらの手掛かりの豊かさは様々でありうるが、一度活動したSCAは義務に関する様々な推論を適用するだろう。
・例えば、(様相オペレータを含まない)[3]と[9]が互いを含意することが理解されるだろう

[3] もしあなたが私の車を借りるなら、あなたはガソリンを入れる
[9] もしガソリンを入れるなら、あなたは私の車を借りている

 もし我々の心がSCAを持っておらず、一階の論理しか実装されていなかったとしたら、[3]と[9]は互いに含意しあうと常識が告げることはなかった筈である。一方でもしSCAが備わっているなら、活動した状況検出器が[3]を[1]で特定されるその深層構造へ、[9]を[2]で特定される深層構造へ写像し、相互の翻訳をみとめるような「社会的交換領域に特殊な」推論規則が適用されるだろう。

  • 2.1.1.1 複数のシステムを適用する

・心の中に別の推論規則を備えた複数の計算機構がある場合、それぞれは状況検出器を備えていることだろう。幾つかの状況は複数の検出器を活動させるだろう。例えば、Cheng & Holyoak (1985) が実験で用いた規則「もしこの国にはいるなら、貴方はこれらのワクチンを打っていなければならない」は、社会契約と予防規則(もし危険な活動H関わるなら、予防Rをせよ)の両方で解釈される。
・また、多くの推論システムを持つ心には、メタ規則である「特定優先原理」がおそらく埋め込まれている(Fiddick et al, 2000)。これは、もっとも領域特定的なシステムが他のシステムの働きに優先すると言うものである。だから、[3]や[9]のような社会契約場面に例えばモードゥスポネンスを適用するのは難しい(4.3.1)。

  • 2.1.1.2 剰余構造は領域特異的である

・SCAは剰余構造を課すが、これは叙述的規則に対しては生じない。また、予防規則も義務規則だと考えられるものの、予防規則が活動させる剰余構造は社会契約規則に適用されるものとは構造が違う。例えば予防規則「毒ガスを使う作業をするなら、あなたはガスマスクをしなければならない」における「ねばならない」は、あなたがだれかにガスマスクをする義務を負うことや、ガスマスクを着けている場合にあなたが毒ガスを使う作業をする権利を持つことを含意したりはしない。全ての義務規則が同じ剰余構造を活動させるわけではないのである。

2.1.2 裏切り者検出と社会的交換

・解釈の話から裏切り者検出の話に移る。4枚カード問題を社会契約的規則で行うと論理的に正しい推論がおこなわれる率が跳ね上がるが、これは、「社会契約的な内容が一階の述語論理を実装した計算機構を活動させた」ということではない。むしろ、活動させられたのはSCAであり、SCAは裏切り者検出のためのサブルーチンをもつ。
・既にみたように、〔一階の論理の〕違反を検出するためには、何が違反なのかに関し意味的な知識をもつだけでは十分ではない。同様に、裏切り者の検出のためにも、何が裏切り者なのかに関する心的表象を持つだけでは十分ではない。そこで、利益を受け取っている人と要求を満たしていない人に注意を向けさせるような情報検索ルーチンが措定されるのである。
・SCAによって検出されるカードは、偶然、一階の論理の違反と重なっているにすぎない。裏切り者検出が一階の論理違反を生み出す問題を作ることは容易である(後述)。


―――――3 社会的交換に関する推論を支配する計算論的な機構のデザイン―――――

・社会契約説の課題分析は、社会的交換に関する推論のために特化した神経認知システムが持たなければならないデザイン上の特徴について以下の予言を行う。

  • (D1):社会契約は相互の「利益」のための協同である。従って、規則が利益に関係ないものとして表彰される場合には、社会契約的な解釈は行われないだろう。
  • (D2):裏切りとは「権利が無い利益を得る」という特定の社会契約違反である。従って、違反者に何の利益もない場合には、裏切り者検出器は働かない
  • (D3):裏切りの定義はどちらの行為者の視点に立つかによって変わる
  • (D4):ESSであるためには、条件的援助行動は別の「デザイン」に負けてはいけないが、失敗や偶然の裏切りはその個体のデザインのマーカーではない。そこで、裏切り者検出器は意図的な裏切りには強力にトリガーされるだろうが、失敗や偶然の裏切りには弱くしかトリガーされないだろう。
  • (D5):社会的交換に関する推論の能力が一般的な学習能力によって獲得されているとすると、パフォーマンスの良さは経験と親しみの関数になるはずである。一方で社会的交換のために進化したシステムは、それらの影響を受けない。
  • (D6):社会契約に関する推論は一階の述語論理に従わない

以下ではこれらを支持する経験的証拠を見ていく


―――――4 条件法推論と社会的交換:経験的知見―――――

・我々の心は、社会的交換に特化した認知機構を含むのか、それとも、よい条件的推論を引き起こす認知機構は一般的なのか? 4枚カード問題を用いて多くの研究が行われた。
・前者の仮説は、推論パフォーマンスが推論内容によって乖離することを予言する。すなわち内容によって、推論能力が劇的に強化されたりするはずである。後者の仮説によれば、我々は内容自由なかたちで、条件的推論をうまく出来るはずである。
・しかし、記述的な条件法を用いた4枚カード問題に関しては、その内容が親しみあるものであっても70-95%の人々が失敗する。ここから、後者の見解を排除することが出来る。

4.1 内容による乖離(D1, D2)

・一方で、「もしあなたが利益Bを受け取るなら、あなたは要請Rを満たさなければならない」という社会契約テンプレに合致する規則の違反は、65-80%くらいの人々が検出に成功する。すなわち利益を受け取っている人および要請を満たしていない人という、違反の可能性がある人が選択されるのである。これは内容による乖離の(とりあえずの)証拠である。
・アメリカから狩猟採集民族に至るまで、社会的交換問題を別の種の条件的推論問題と同じように扱う人々はいない。すなわちどの文化の人々も、〔与えられた規則に登場する各々の〕項を、「コスト」「ベネフィット」「義務」「権利」「意図的」「行為者」などの原始表象に変換しているかのような推論を行っている(C&T 1992, 2005a; Fiddick et al., 2000)。内容による乖離の貫文化的性は、社会契約説の適応分析の予言するところである。
・また、一般的推論能力に障害があるとされる統合失調症者でも、社会契約的な4枚カード問題を統制群と同じくらい解くことが出来る(Malikovic 1987)。これは社会契約に専用の推論システムがあるとする仮設と整合的である。

4.2 親しみのない社会契約で裏切り者検出は引き出されるか? (D5)

・個体は毎回新しい交換の機会を理解しなければいけないため、社会的交換に関する推論は親しみのない社会契約規則に関しても働くはずである(D5)。この予言は、推論パフォーマンスを「一般的学習システム+経験」の産物」として説明しようとする説と社会契約説を分けるものであるが、この予言の正しさは、異文化あるいは空想上の社会契約を用いた様々な実験により繰り返し示されている(C 1985, 1989; C & T 1992; Gigerenzer & Hung 1992; Platt & Griggs 1993)

4.2.1 親しみでも、記憶の想起でもなく

・親しみや記憶の想起は、内容による乖離と全く何の関係もない。なぜなら――
(1)そもそも、親しみは記述的条件文に関しても別に高い正答率を引き出さない
(2)親しみ無い社会契約が高い正答率を引き出す
(3)親しみのある社会契約と無い社会契約で推論パフォーマンスは同じ程度高い(C 1985)。

4.3 適応論理であり、一階の論理ではない (D3, D6)

・社会契約的問題で論理的に正しい解答が出てくるのは、社会契約的内容が一階の論理を埋め込んだ計算機構を活動させるからではない。
・内容自由な一階の論理を埋め込んだ機構は、全ての条件的規則違反に関して同一の定義を適用する筈である。一方で社会契約説による違反者の定義は、とても内容自由な定義に写像できるようなものではない。社会交換における違反は非常に文脈依存的なので、「違反を検出すると論理的な間違いを犯すことになる問題」を作ることは容易にできる。この点については、「切替型社会契約実験」と「視点変化実験」の2つが重要である。

4.3.1 切り替えられた社会契約

・一階の論理によれば、if P then Q からif Q then P を推論することは出来ない。しかしSCAは、[1]が[2]が相互に含意しあうといった領域特異的な義務規則を持つはずである。

[1] もしあなたが行為者Xから利益を受取るなら、あなたはXの要求を満たす義務がある。
[2] もしあなたがXの要求を満たすなら、あなたは行為者Xから利益を受取る権利がある。

・[1] のように、裏切る可能性のある人への利益が前件に来るものを「標準型社会契約」、[2]のように後件に来るものを「切替型社会契約」と呼ぶことにする。これらは同じことの異なる表現である。例えば、「君が僕にその時計をくれたなら、君に100$あげよう」は「僕が君に100$をあげたなら、その時計を僕にくれ」は、同じ権利と義務を伴う同一の申し出だとふつう認識されるだろう。すると、規則の表現のされ方が標準か切替かという点とは無関係に、裏切り者検出器は利益を受け取る人と要求を満たさない人をチェックするだろうという予測が立つ。そこで、次のような形式の課題が用意された。

・標準型規則:「もし利益を受け取るなら、私の要求を満たしてくれ」
・切替型規則:「もしあなたが私の要求を満たすなら、利益を受け取ってくれ」      

【カード】 標準型の下では…… 切替型の下では……
1[利益を受け取っている] P Q
2[利益を受け取っていない] not-P not-Q
3[要求を満たしている] Q P
4[要求を満たしていない] not-Q not-P

→切替型では、契約違反者の正答(1&4)が論理的違反の誤答(Q & not-P)になる

・このような切替型課題の下では、人は圧倒的に1&4(=Q & not-P)を選択する(C 1985, 1989; Gigerenzer & Hug 1992; Platt & Griggs 1993: D2、D6への支持)。この事により、社会契約的内容は一階の論理を活動させているだけだという仮説は排除される。
・Gigerenzer & Hug (1992) では全ての条件法に「P¬-Q」で回答した被験者が少数いた。 彼らは全ての問題に古典論理を適用して回答したことが後でわかったのだが、彼らがこの方策が特に難しかったと報告した規則は、まさに社会契約的な規則だった。この困難は〔社会契約説側からすれば〕想定内のものである。古典論理を適用して回答するためには、SCAによる素早く直観的な推論を抑制する必要があるからだ。

  • 4.3.1.1 熱帯雨林での推論

・1&4という選択パターンは、市場経済が発達していない文化にも見られる。Sugiyama, T & C (2002) はアマゾンの奥地に住む狩猟採集民シウィアルに4枚カード課題を行ったところ、彼らはハーバードの学生と同じ成績で裏切り者を検出した。ちなみに、財の共有を頻繁に行う生活を送るシウィアルは、裏切り者と関係ない「寛大さ」を示すカード〔利益を受け取らないが要求を満たす〕に、学生よりも興味を示した。
・裏切り者に関する選択の貫文化性は予想通りである。社会的交換がESSを埋め込んでいるには、裏切り者検出器の発達は文化的な差異から守られていなくてはならないからだ。「文化による乖離」があったのはあくまで裏切りとは関係ない部分だけである。

  • ○4.3.1.2 義務論理か?

・切換型社会契約における「Q & not-P」という選択は、一般的義務論理と両立するだろうか? Manktelow and Over (1987) によれば、決定できない。今、領域一般的義務論理を実装した計算機構があり、規則「もしガソリンを入れるなら、あなたは車を借りても良い」は、「もしガソリンを入れるなら、あなたは車を借りる「権利がある」」(深層構造[2])を意味すると解釈されるとしよう。しかしこの時、いかなる出来事もこの規則を破ることができない。というのは、多くの義務論理において、「する権利がある」は「する必要がある」を含意しないからである。従って、違反検出課題に対しては、義務論理機構は「何も選択しない」のでなければならない。だから、「Q & not-P」が選ばれるためには更なる仮定が必要になる。
・〔例えば、〕「この規則に違反する「10代の者」を検出せよ」という教示が、義務論理機構にとって新しい手掛かりになるだろう。この手掛かりに対し義務論理機構は、〔規範違反ありえない問題を解決するためには、〕10代の者に課せられる「義務」を推論しなくてはならない。そのためには、〔与えられている〕切換型社会契約〔すなわち、権利を表す深層構造[2]を持つ規則〕は、もう一方の〔標準型社会契約、すなわち、「義務を」表わす深層構 [1]を持つ規則〕を含意するという推論が、この新しい手掛かりによってトリガーされるのでなくてはならない。
・〔つまり、まず新たな手掛かりによって、所与の切換型規則が、標準型規則に変換される。これによって、義務に関する規則が手に入り、規範違反ありえない問題は解かれる。そして、この後者の対する違反を選択する事は、前者に対する「Q & not-P」の選択に対応しているので、欲しかった選択が手に入る。〕
・ところでSCAはまさにこういう変換を行う。そこで問題:(i)社会契約説なしで、上記全てを行える義務論理が作れるか? (ii)それは一般的な義務論理でありうるか?
・無理だろう。特に、全ての義務領域に一般的でありつつ、次の[10]と[11]が互いに含意しあうという推論を許すような義務論理と言うのはどういうものか全く不明である。

[10] もしあなたが要請Rを満たすなら、あなたにはEの権利がある。
[11] もしあなたがEを手に入れるなら、あなたはRを満たす義務がある。

 〔というのも〕、[2] と[1]より僅かに一般的なこれらの規則は、全ての義務領域に関して一貫して相互の含意関係にある訳ではないからだ。例えば次の2例は含意関係に無いだろう。

[10i]もしあなたがアメリカ国民なら、貴方には拷問にかけられない権利がある
[11i]もし貴方が拷問にかけられないなら、貴方はアメリカ国民である義務がある。

・Eが社会契約に関する時のみ、権利と義務の相互の変換([1]⇔[2])は可能なのであり、この種の変換は領域特定的にしか成り立たないのである。

4.3.2 視点変更

・裏切り者の定義は視点によって異なる(Gigerenzer & Hug 1992)(D3)。例えば次の規則は、従業員の視点に立つか雇用者の視点に立つかによって、異なる回答を引き出す。

[12] もし恩給を貰えるなら、従業員は映画館で10年以上働いてなければならない
〔【1.恩給あり】 【2.恩給なし】 【3.勤務10年以上】 【4.勤務10年以下】〕

・従業員の裏切りをチェックする雇用者はPとnot-Q〔1&4〕をチェックすべきだが、雇用者の裏切りをチェックする従業員がチェックすべきは、not-PとQ〔2&3〕である。そしてこの後者の選択は、一階の論理違反の検出と食い違っている。
・この区別を捕えるには、社会契約に関する推論規則は、文脈可感的で、利益と要求を行為者相対的に定義しなくてはならない。これは内容自由な一階の論理には出来ない。
・では一般的義務論理ではどうか。状況は先ほどの切換型社会契約の場合と同じである。雇用者の規範違反を検出するには雇用者の負う義務を決定する必要があるが、[12] では何も語られていない。そこで、[12]を入力にしてそこから[13]を推論する手続きが欲しい。

[13] もし従業員が映画館で10年以上働いているなら、雇用者は恩給を与える義務がある。

・SCAなら、長期勤務の従業員が雇用者に「利益を」与えており、雇用者はそれに恩給を与えるつもりであるという認識のもと、[14]のような表象から [13] を導出できる〔※〕。

[14] もし雇用者が「従業員から(長期勤務という)利益を」得るなら、雇用者はその従業員に利益(恩給)を与える義務がある。

〔※おそらくこの言い方は省略気味で、より精確には、まず社会的交換場面に関する手掛かりの認識により、[12]が社会的交換に関する規則だと解釈され、切換型社会契約規則[12*](深層構造は[2])に写像される。次に[12*]が標準型の[14](深層構造は[1])に変換される。最後に、恩給や長期勤務が利益であるという手掛かり認識に使った知識によって[14]から[13]が導出できるので、結局[12] → [12*] → [14] → [13]と導出できる。〕

4.4 条件法推論にとって、いくつの特殊化が必要なのか

・優れた違反検出は、脅威(T&C 1989)や予防規則についての条件的規則に対しても見られる。予防規則も義務規則なので、我々は予防規則と社会契約で見られる良いパフォーマンスが、機能的に異なる神経認知プロセスに因るのか、それとも実は同じものによるのかを知りたい。また、全ての義務規則が良い違反検出を引き出すのかも知りたい。

4.4.1 予防規則

・予防規則は、「もし危険な活動Hに関わるなら、人は予防Rをするべきである」というテンプレで表現される。この内容が違反検出に及ぼす影響は、社会契約の場合とだいたい同じである(Cheng & Holyoak 1989; Fiddick et al, 2000; etc)。
・「危険管理理論」(Fiddick et al, 2000)によれば、危険や予防に関する推論のために良くデザインされたシステムは、裏切り者検出ためのシステムとは違った諸特徴を持つ。こうした諸性質は実際に見出されており(Fiddick, 1998, 2004; Pereyra & Nieto 2004; etc)、T&Cは危険管理に特化した計算機構もまたひとつ別の人間本性なのだと提案して来た(なおこの予防規則システムの誤作動によって、強迫性障害が引き起こされているのかもしれない(Boyer & Lienard 2006, C&T 1999; Leckman & Mayes, 1998, 1999))。
・その一方で、特にCheng & Holyoak (1985, 1989) は、社会契約と予防規則に関する推論は、どちらも「許容図式」なるものから生まれると主張する。「許容図式」は、この二種を含むさらに広範な規則に関わるものだとされている。どちらが正しいのだろうか?

4.5 SCAか許容図式か? 許容規則のクラス「内部での」乖離の探求(D1, D2, D4)

・Cheng & Holyoakによると、「許容規則」とは、ある社会的目的達成のために権威によって課せられる規則のことで、特定の行為が許される条件を特定する。こうした規則に数多く触れる事で、領域一般的な学習システムによって、我々には以下の4つの処理規則を含む「許容図式」が生じる。許容図式は、許容規則のテンプレである「もし行為Aが行われるなら、事前条件Rが満たされなければならない」に合致するあらゆる条件的規則に関して、推論を生み出す。

規則1:もし行為が行われるなら、事前条件が満たされなければならない
規則2:もし行為が行われないなら、事前条件が満たされる必要はない
規則3:もし事前条件が満たされるなら、行為は行われてよい。
規則4:もし事前条件が満たされていないなら、行為はなされてはいけない。

・許容規則は社会契約や予防規則のみならず、慣習やエチケットなど多くの規則を包括する広い集合であり、許容図式説はそのすべてに関して一様に高い違反検出のパフォーマンスを予言する。しかし以下に見るように、許容規則の内部で推論パフォーマンスには大きな乖離がみられ、これは社会契約説でないと説明できない。

4.6 利益でもなく、社会交換推論でもなく:D1とD2をテストする

・社会契約説によると、裏切り者検出(D2)や社会契約解釈のために(D1)は、規則は利益へのアクセスを規定するものでなくてはならない。では利益を無くすとパフォーマンスは変化するだろうか?

4.6.1 裏切り者検出には利益が必要である(D1, D2)

・社会契約テンプレでは「利益を得る事」が、予防テンプレでは「危険な行為〔をすること〕」原始表象である。一方許容テンプレにおける対応する原始表象はより広い「行為する事」である。このため当然、「利益にもならないし危険でもない行為」が問題となる許容規則というものが存在する。しかしこの規則に対しては違反検出のパフォーマンスは高くならないのである。
・例えばC&T (1992) は、青年が行ってよい行為を大人(権威)が定めた〔という設定で〕許容規則を用いた4枚カード問題を制作した。次の2例が重要である。

[15] もし夜遊びするなら、赤い火山岩をひとかけ足首に巻かなければいけない
[16] もしゴミを捨てるなら、赤い火山岩をひとかけ足首に巻かなければいけない

・許されている行為が利益である[15]では、80%の被験者が正答したが、いやな行為である[16] では正答率は44%しかない。他にも、利益を含まない許容規則はうまく違反検出されない事を示す実験は多い(Barrett 1999; Fiddick 1999; Grigg & Cox 1982; etc.)。この劇的なパフォーマンス低下は、社会契約説なら予言できる事である。
・ポイントは、許容規則の「領域の内部」で内容による乖離が起こっている点にある。この結果は、様々な種の推論をトリガーするのに必要な表象は、許容図式が考えるよりも一層内容特定的なものであるということを示し、社会契約説に支持を与えている。

4.6.2 利益は社会契約解釈をトリガーする(D1)

・4枚カード問題を使うと、「利益がない違反者は検出されない」(D2)と「社会契約解釈には相互利益が必要」(D1)は一緒にテストされるが、(D1)は独立に支持できる。
・Fiddick (2004)は、被験者に様々な許容規則を提示し、(1)「その規則を正当化するものは何か」および(2)「それへの違反はいつ認められるべきか」を尋ねた。すると、
(1)正当化のために引かれるのは、利益を欠く許容規則(予防規則)では事実(害悪と防衛手段に関する)であり、利益へのアクセスを制限するような許容規則(社会契約)では社会的同意や道徳性だった。
(2)また、契約を行った集団の成員でなければ社会契約違反は認められるべきであるとされる一方、予防規則は常に従われなければならないとされた。さらに、明示的な交換規則が与えられた場合、既に利益を受け取っていて「しかも利益を返している者のみが」互酬の義務から自由になる、という回答がみられた。
こうした推論は、社会契約説および危険管理理論によく従っている。社会契約も予防規則も義務規則だが、何故人がそうせ「ねばならない」かの理由は互いに異なり、それぞれに適切なバージョンの「ねばならない」をトリガーする条件は、全く違う形で内容特定的である(利益−提供側の要請/危険‐効果的な予防)。
・Fiddick (2004)はさらに、被験者に様々な情動表現を示す顔と許容規則を提示し、「この規則を破ったのは誰か」と尋ねた。すると、社会契約違反は怒りを、予防規則違反は恐怖をトリガーするものと考えられた。
・以上のような乖離はどれも許容図式では説明できないし、義務規則内部での乖離であるために内容自由な義務論理でも説明が難しい。

4.7 意図的な違反 vs 知らずの間違い:D4をテストする

・意図性は、許容図式理論の中では何の役割も持たない。しかし社会契約説からすれば話は異なる。裏切り者検出器は、裏切るという傾向性を人(裏切り者)に正しく帰属させるという進化上の機能を持ち、これによって条件的援助行動はESSになる。しかし裏切りは偶然起こるかも知れず、それは裏切った人の性格の良い指標にはならない。それどころか、偶然の裏切り者に対しても協力を拒否するデザインは、真の裏切り者だけを排除するデザインに比べ成功しない(Panchanathan & Boyd 2003)。そこで社会契約説は、偶然の違反は裏切り者検出器を完全にはトリガーしないと予言する(D4)。

4.7.1 偶然 vs 意図:社会契約の乖離

・例えばC , Barrett &T (ms) は、違反者が不注意だが善良な人間である条件と、違反者には意図的に裏切る誘因があった条件を比較し、27%と68%という大きなパフォーマンスの差を見出した(Fiddick 1998, 2004; Gigerenzer & Hug 1992にも類似の知見)。
・Barret (1999) は一連のパラメトリックスタディによって、「罪なき失敗」条件におけるパフォーマンスの低下には、(A)意図の欠如および(B)失敗から利益を受け取っていない事、がそれぞれ独立に同程度の影響をもつことを示した。
・つまり、両条件が揃っていれば片方しかない場合より2倍パフォーマンスが低下すると言う訳なのだが、これは、「交渉ゲームにおいて、人は意図的に裏切った相手を〔A+B〕初心者で間違えちゃった相手〔B〕よりも2倍程度罰する」という実験経済学の知見と興味深い収斂を見せている(Hoffman, McCabe & Smith 1988)。

4.7.2 予防には乖離はない

・予防規則に関しては、規範違反が意図的であろうと偶然であろうと関係がない筈である。〔わざとにせよ家に置き忘れたにせよ、ガスマスクを付けないのは危ない。危ないものは危ないのである。〕Fiddick (1998, 2004) はこの予言を確証している。
・社会契約と予防規則のこうした違いを、規則を内容によって区別することなく義務論理の中に組み込むことは難しいだろう。
・これと平行した研究として、違反者の道徳的な性格は、社会契約違反検出には影響するが、予防規則違反検出には影響しない(C, T, Montaldi & Thrall 1999; C, Sell T, Thrall & Montaldi)。この実験では、被験者に登場人物マリーが意図的な裏切りの機会に4度直面するというシナリオを読ませるのだが、そのシナリオがマリーの誠実さを描写している(つまり裏切らないシナリオになっている)場合には、〔その後の〕4枚カード問題での社会契約違反の検出が緩くなる。この効果は予防規則違反検出では生じない。
・被験者は、マリーは領域一般的に義務に従うと推論している訳ではない。もしそうなら予防規則検出にも影響が出る筈だからである。むしろ、まさに社会的交換の領域において義務に従うのだと考えられているのである。

4.7.3 許容図式理論を退ける

・許容図式理論は、全ての許容規則違反が、(1)許される行為が利益であるか否か、あるいは、(2)違反の意図性、とは無関係に高い違反検出スコアを引き出すことを予言する。しかし今見たようにこれはどちらも誤りである。Cheng and Holyoakの許容図式説は退けられる。

4.7.4 領域一般的な義務論理では結果を説明できない

・領域一般的な義務論理による説明も退けられる。利益や意図性のテストで使われる規則は全て義務的であるのにもかかわらず、その全てが高い違反検出を引き出すわけではないからだ。行為が利益と表象されるか単なる雑用と表象されるか(4.6.1)によってパフォーマンスが変化するのである。また、利益と表象されるか危険と表象されるか(4.6.2)によって行われる推論が変化こと〔や〕、意図的違反に関する社会契約と予防規則の間の相違も、規則を領域で区別しない論理全てに対して困難を提起する。

  • 4.7.4.1 解釈だけでは説明として不十分

・この意図性に関する相違は、「社会契約規則が良いパフォーマンスを引き出すのは、単にその規則の含意を我々が知っているからだ」という、規則の解釈「のみで」全てを説明しようとする説にも問題を課す(e.g., Almor & Sloman 1996)。と言うのは、意図性に関する課題では、意図的違反条件でも偶然的違反条件でも全く同一の規則が用いられるからである。従って一方で理解される含意は他方でも全く同じように含意されなければならないわけだが、しかし偶然的違反のパフォーマンスは高くならないのである。
・その一方で、ESSを基にした課題分析を行う社会契約説は、解釈の理論を含む「とともに」、解釈後の処理である裏切り者検出サブルーチンを含む〔SCAを提案する〕。これゆえに、裏切り者の動機を説明する事が出来るのである。
・さらに言えば、仮に動機の役割を説明できる義務論理があるとしても、何故この意図性の効果が予防規則では生じないのかを更に説明する必要がある。この相違を規則の内容に訴えないで説明する事は出来ないだろう。

  • 4.7.4.2 フォーダーのアーティファクト仮説を退ける

・フォーダーによると、社会契約違反の検出がうまくいき、叙述的規則ではうまくいかないのは、叙述的条件法と義務的条件法では内蔵されている論理が違うからに過ぎない(Foder 2000)。フォーダーによれば、叙述的条件法は「Qを含意するP」についてのものであるのに対し、義務的条件法は「Qを許可すること」に関わる。従って後者の論理形式は、Requied; Q (in the case of P)〔Pが成立している場合、Qが求められる〕なのである。そしてこの規則への違反検出を求められる被験者は、矛盾律により¬Qを〔Requied; ¬Q(in the case of P)〕、そして、要求をトリガーする条件を確認するのでPを、選択するのである(P&¬Q)。
・この説明には二つの問題がある。まず、これは正答の再記述にすぎず説明になっていない。次に、なぜ同じ説明が叙述的条件法に当てはまらないのかがわからない。というのもクワインが示したように、叙述的条件文の論理形式を Necessary; Q (in the case of P) と解釈する者も実際いるからである(Quine 1972)。
・またフォーダーは、裏切り者検出の概念が「義務」概念を含むという考え方に反対する(むしろ「要求」が含まれるとされる)。その根拠は飲酒の規則〔お酒を飲むなら21歳以上である〕で、これを義務読みすると、人は21歳以上であることを「義務付けられる」ことになるが、いかなる人間も自分が今あるのではないような人間「である」ように義務付けられることは不可能だと言うのである。
・まあそうかもしれないが、しかし飲酒の規則は、「21歳になるまでお酒を飲むことを「待つこと」」を義務付けるのである。この要求によって、要求する側(社会)は利益をえることが出来る(飲酒運転などを減らせる)状況を生み出すのである。
・以上がフォーダーの推論の問題点だが、仮にフォーダーの提案を受け入れたとしても実験結果はうまく説明できない。というのは既に見たように、予防規則の中でも利益のあるなしによって推論パフォーマンスが変わるとか、同じ社会契約規則でも違反者の意図によって推論パフォーマンスが変わるとか言う知見は、「義務的条件法の領域内部での」乖離を示しているからである。叙述的条件法と義務的条件法の違いに訴えるだけでは、このことは全く説明できない。

4.7.5 道徳推論への含意?

・道徳推論あるいは社会的推論あるいは義務的推論が何か特別なものですと認めるだけでは、話は全く不十分であることがこれまでの論述からわかった。社会的交換に関する推論が行われる際に関わる計算機構は、より射程の狭いものなのである。

4.8社会契約と予防の間での神経心理学的な乖離

・社会交換と予防規則に関する推論は性格が似ており、〔既にみたように〕同じメカニズムから生じると言う説が立てられてきた(Manktelow & Over 1988, 1990; Sperber, et al, 1995)。機能的な乖離によってこの種の1メカニズム説は掘り崩されてきているが、さらに、神経上の乖離を発見したと思われるある研究がある。

4.8.1 メカニズムは1つか、それとも2つか

・それがStone et al. (2002)で、この実験の被験者RM氏は、左右両方の眼窩前頭皮質(OFC)と前側頭皮質を損傷し、さらに後側頭極付近に損傷を負って両扁桃体が断絶していた。そしてRM氏は予防規則の検出には70%の割合で成功するのだが、社会契約の問題では39%しか正答しない。この実験は、あらゆる1メカニズムによる説明を棄却する。

4.8.2 ニューロイメージングと規則の解釈

・また最近のニューロイメージング研究も、二つの規則が異なる脳領域に支えられていると言う説を支持する(Wegener et al, 2004; Fiddick, Spampinato & Grafman 2006)。
・C&Tらも実験を行い、他の実験同様、社会的交換に関する推論が活動させる領域は、予防規則によって活動する領域と異なる事が示された(Ermer et al., 2006)。
・さらにこの研究独自の点は、規則を読んでいる時(解釈段階)と課題を行っている時(解釈後段階)の脳活動を別々に測ったところにある。どちらの段階でも、社会契約と予防規則では活動部位が異なっていた。かなり上で、TOMが状況検出器に表象を供給すると説明されたが、社会契約の解釈段階で活動したのは、まさにTOMのNCCだと考えられている前後の側頭皮質であった(※前側頭皮質はRM氏の損傷部位でもある)。
・こうした結果は課題分析とも整合的である。社会契約の解釈とは違い、人間の心に関する推論は、予防規則の解釈には必要ない。世界に関する事実が分かっていればよい。

4.8.3 1メカニズム仮説を退ける

・1メカニズム仮説には様々なヴァリエーションがあるが、RM氏の実験はそれらすべてと不整合である。こうした結果は、これまでみた知見とともに、人間の推論システムの中には、社会的交換に関する推論のための、極めて狭く内容可感的な認知上の特殊化が存在しているという事を、指し示しているのである。


―――――5 結論―――――

・義務的推論は単一の現象ではない。義務的条件法に関する推論は、予防規則及び社会的交換のための推論に特化した2つの推論システムの存在を示唆するような形で、分別される。これは少なくとも2つという話で、多分他にもあるだろう(C&T 2006; T, C, Price 2006)。
・「できるだけ単純に、でも単純過ぎてはいけない」というアインシュタインの言葉は、記述的に妥当な義務論理制作にも当てはまると考えるべきである。義務的推論にまつわる全ての適用上の問題に対して、別個の特殊化があると考えてはならないし、しかし逆に、全てを一つのメカニズムで説明しようと考えてもならない。文化ごとに義務領域は万華鏡のごとく様々だが、それらはやはり、進化によって形成されたより少数の社会的推論体系を適用することで生じたのだろう(e.g., Fiske, 1991)。〔それは、〕スペルベルの言うように(1994, 1996)、進化によって生じたメカニズムは因果的なシステムであるため、それが実際に持つ領域はそれ固有の領域よりも広くなる〔からである〕。
・ここで、真に領域一般的で単純な義務論理を作るという希望を保つために、義務的推論に関する事実を捕まるという目標の方を放棄すべきだと考えた読者もいるだろう。これは賢明ではない。義務直観が持つ領域特定性は、一般的と言われる義務論理の中にも残り続けているだろうし、また、義務論理、道徳哲学、そして道徳的観念を含む文化的観念の流行学は互いに交差しているからだ。
・認知人類学者は、なぜ特定の観念が流行り別のものは流行らないのかを、心の進化的な構造から理解しようとし始めている(Boyer 2001, Sperber 1996)。進化によって形成された直観に合致しないものは流行らない。反直観的な観念は注意を引くかもしれないが、〔結局は〕専門家の占有物となる。我々の道徳直観に抵触しまくっている義務論理も、これも同じ運命をたどるだろう。
・この〔観念の流行の仕組み〕は帰結主義者にとって重要である。帰結主義者には、どのような帰結が倫理的に好ましいかを定義するという仕事のみならず、それを達成するための方法を明らかにすると言う仕事がある。〔この「方法」が義務論理にあたるわけだが、〕義務的推論に関する経験的事実をうまく捉えている義務論理は、直観的で理解しやすく、しかし倫理の諸問題を十分に明確化し、よい倫理的選択を促すことが出来るようなものだろう。帰結主義者は、ある義務論理が広く受容可能かつ現実の選択にとって情報豊かなものかを、考察していかなければならない。