えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

道徳の本性・生得性・歴史性 Prinz (2012)

Beyond Human Nature: How Culture and Experience Shape the Human Mind

Beyond Human Nature: How Culture and Experience Shape the Human Mind

  • Prinz, J. (2012) *Beyond Human Nature: How Culture and Experience Shape the Human Mind* (Penguin Books)

第4章 子供の知ること
第12章 食人に対処する ←いまここ
第13章 ダーウィンと寝る

・人間本性と文化について広範に論じたプリンツの近著から、道徳に関して論じた章をよみます。

道徳直観

・道徳判断は純粋に理性的なプロセスから来るのでしょうか(カント派)、それとも情動からくるのでしょうか(ヒューム派)。

ヒューム派「グリーンのトロッコ問題を用いた一連の神経心理学的研究によると、道徳には情動が関わっている」
カント派「それは道徳原理による推論に情動が随伴してるだけ」
ヒューム派「でも情動を操作すると道徳判断が変わる」
カント派「おk感情の役目は認めるけど、同時に推論も働いてるはず」
ヒューム派「グリーンの「道徳的まごつき」の例を考えれば、原理からの推論なしでも道徳判断は下される。」
カント派「わかった。でも情動無しでも原理からの推論があれば道徳判断が出来る筈で、情動は「必要」ではない」
ヒューム派「情動に障害を抱えるサイコパスは道徳判断を理解していない」
カント派「ぐぬぬ……」

・なお、相手指向の情動のなかでも身体への暴力に対する「嫌悪」と不正に対する「怒り」が二大道徳情動であり、共同体規範の反抗に向けられる「軽蔑」は両者の混交体として理解されます。さらに、これらの自分指向の対応物として、「恥」「罪悪感」「(英語では上手く言えない何か)」があります。
・プリンツの提唱する「感情主義」においては、行為に向けられる道徳感情が基本的な道徳的価値となり、そのうえに様々な推論を介して派生的な価値が現れるとされます。

善く生まれてくるのか?

・ヒュームは生得観念に懐疑的でしたが、現代の認知科学は道徳性は生得的だと考えがちです(ハチソン派)。本当でしょうか。

ハチソン派「暴力の禁止は普遍的な道徳規則」
ヒューム派「男性の25%が同族殺しで死ぬ民族とか結構いる。辻斬りとかもあった。」
ハチソン派「ほう。でも財の共有は生得的な道徳規則でしょう」
ヒューム派「そうでもない。親が子に何かを分け与えるのは道徳関係ないし、非血縁との交換は社会的圧力で出てきたと思われる」
ハチソン派「でも、互酬性の規則は生得的なんじゃないの。しっぺ返し戦略は協同を存続させる方法だし」
ヒューム派「互酬規則は道徳関係ないかも。サイコパスでもしっぺ返し戦略とれるし」
ハチソン派「いや、普通の人は互酬の失敗に怒ったりするから互酬の規則は道徳規則でしょ」
ヒューム派「おk認める。でもそれは互酬規則が生得的だという事ではない。文化的学習の可能性がある。実際、もし互酬規則が生得的なら、文化ごとに繰り返し囚人のジレンマ課題に対するパフォーマンスが異なる事が説明できない」
ハチソン派「ぐぬぬ……」

・コスミデスとトゥービーの社会契約説も裏切り者検出器の生得性を主張しています。しかし、義務規則は従わなかった時にバツを食らうという形で学習されうるはずです。ストーンらは裏切り者検出に選択的な障害を持つ患者の存在を主張していますが、このRM氏の脳の破損部位は大きく情動関連部位がかなりやられているので、情動の問題から道徳的判断が出来ないのだと考えられます。
・ワーネケンとトマセロは、チンパンジーと幼児が同じような援助行動を見せることから、人間の道徳性は学習されたものではなく、別種とホモログをもつと主張します。しかし猿に道徳感情はなさそうですし、第三者への向社会的行動もないため、人と猿の連続性を強調し過ぎるのは疑問です。また、ハチの自己犠牲が道徳的だと言いがたいように、行動自体が善い事と、行動がその道徳的善さゆえに行われる事は別だと言う問題もあります。
・全ての共同体が何らかの道徳体系を持つことも生得性の証拠にはならないでしょう。道徳の普遍性は宗教の普遍性に似ています。人間が生得的に持つ他の能力(豊かな感情や社会的学習)によって、人間が普遍的にぶつかる問題(安定して生産的な社会をつくる)へ対処する結果、道徳がうまれるのです。

道徳性の歴史

・我々が現行の道徳を手にしているのはその歴史によるものです。たとえば人肉は栄養に富むので世界には食人する文化もかなりありますが、西洋人は強烈に食人を避けます。何故でしょうか。例えば人類学者マーヴィン・ハリスは、共同体が大きくなり農業が発達すると、食べるより税を課す方が利益になるため食人は減ると論じました。神話や信念に訴えずに道徳の歴史を説明するハリスの「文化の唯物論」はやり過ぎ感もありますが、道徳が利益損失計算に結び付くこと、道徳の継続には物質的な報酬が関わっている事は正しいでしょう。
・歴史を鑑みれば、現在の西洋の文化が残酷性や奴隷制度をあかんよするようになったのにも、様々な要因が関わっていることがわかります。