えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

学習や注意のわずかな機能不全がサイコパスに繋がる Moul, Hawes, and Dadds (2015)

The Moral Brain: A Multidisciplinary Perspective (The MIT Press)

The Moral Brain: A Multidisciplinary Perspective (The MIT Press)

  • 作者: Jean Decety,Thalia Wheatley,Laurent Prétôt,Sarah F. Brosnan,Andrew W. Delton,Max M. Krasnow,Nicolas Baumard,Mark Sheskin,Jesse J. Prinz,Scott Atran,Jeremy Ginges,Jillian Jordan,Alexander Peysakhovich,David G. Rand,Kiley Hamlin,Joshua Rottman,Liane Young,Ayelet Lahat,Abigail A. Baird,Emma V. Roellke,Ricardo de Oliveira-Souza,Ronald Zahn,Jorge Moll,Joshua D. Greene,Molly J. Crockett,Regina A. Rini,Rheanna J. Remmel,Andrea L. Glenn,Caroline Moul,David J. Hawes,Mark R. Dadds,Jason M. Cowell
  • 出版社/メーカー: The MIT Press
  • 発売日: 2015/02/20
  • メディア: ハードカバー
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  • 本章の目的:
    • 学習と注意配分における機能不全が、不道徳な行動の発達にどう寄与するかを検討する。
  • 不道徳な行動を発達の観点から見ることのポイント
    • 親が悪い神話を解体する
    • 認知機能のわずかな差異が、環境要因と相互作用しつつ、道徳的行動の発達にいかに干渉するか、そのメカニズムを明らかにする
  • 幼児は、自分の経験と他人の経験は違うということを理解するための認知能力を発達させるほど、自分の行動を社会的・道徳的基準にあわせられるようになる。
    • この発達過程の失敗が、道徳的な機能不全と関連する様々な形の精神病理の特徴であるように思われる。
  • 従って、問われるべきなのは、「なぜ通常の発達が失敗するか」である。

不道徳行動に連合する精神病理

  • 子供の精神病理の中で、不道徳行動と最も連合しているのは、反抗挑戦性障害(ODD: oppositional defiant disorder)と行為障害(CD: conduct disorder)である。
    • 20人に1人の子供がどちらかに診断される。
    • ODDの診断の際には、怒りや反抗、かんしゃく、意地悪などの逸脱的行動パターンが問題になる
    • CDでは、暴力、所有物破壊、窃盗などより深刻な反社会的行動が問題になる。
衝動性と情動の調節不全
  • ODDやCDの子供は、衝動性や情動の調節不全を示すことが多い。
    • だがここではこれらの特徴は取り扱わない。なぜなら、こうした特徴それ自体は不道徳なものではないからだ。衝動的に反社会的な子供は、同じくらい衝動的な向社会的であることが多い。
    • だが、衝動的に(=制御を失って)ではなく、反社会的なことを望んでする子供が存在している。こちらを本章で扱う。
CU特性(Callous-Unemotional Traits:冷淡で無感情の傾向)
  • ODDやCDの子供を、サイコパシーと関連づけられている様々な性格特性によって特徴づけることができるかもしれない。
    • サイコパシーは、パーソナリティにかかわる第一因子(罪悪感や後悔を感じない、他人を操ろうとする、共感に欠ける……)と行動にかかわる第二因子(無責任さ、青年期の非行など)からなるとされている。
  • 子供や青年期にみられる第一因子的な特徴は、「CU特性」と呼ばれてDSM-5では行為障害の診断基準の中に組み込まれている。
    • 子供におけるCU特性と、大人における精神病理的特性が同一の病因から来ているか否かは定かではない。だが〔子供における〕高レベルのCU特性は、慢性的で深刻な反社会的行動のマーカーとなる。
    • また、CU特性を持つ子供に対しては、反社会的行動問題を解決するための介入法の効果が薄い(Frick et al. 2014)。従ってCU特性は、介入法が介入するはずのメカニズムに干渉していると考えられる。
  • CU特性とサイコパシー的性格特性は類似の遺伝的・神経的相関物を持つことが示されてきた。ここから、CU特性とは発達の文脈におけるサイコパシー特性の対応物と考えられることも多い。
    • 両者ともに遺伝的要素が大きい(Viding et al. 2008; Beaver et al. 2011)。サイコパシーの原因となる神経化学的メカニズムとして、セロトニン系やオキシトシン系がある。また、扁体やvmPFCの異常はサイコパシーにもCU特性にも結びついている(Blair 2010)。
CU特性の発達
  • では、なぜCU特性を発達させる子供が存在するのだろうか? 複雑な道徳的行動を身につけるためには、2つの基本的なプロセスが必要である。
  • (1)学習
  • (2)注意の分配……社会的な手がかり(養育者からの怒りや言葉での非難など)に十分な注意が払えなければ、連合が形成されない。
  • こうしたプロセスに障害があれば、道徳的行動を身につけられなくなるというのは、見やすい道理である。
    • ただし、高いCU特性をもち不道徳行動の問題を抱える子供が発達上遅れがちだということはない(Allen et al. 2013)。大人についても、サイコパスはIQが低いとか学習障害を抱えているなどということは知られていない。
    • しかしながら、高いCU特性を持つ子供にも高レベルのサイコパス特性を大人には、微妙ではあるがたしかに(subtle yet distinct)、連合学習や注意のプロセスに障害があることがわかってきた(Moul et al. 2012)。

連合学習の障害

  • これまで刺激と結びついていた結果が変化した際、それにあわせて反応を更新していくのを、サイコパスは苦手としている。
    • サイコパス特性が高いひとは、結果がポジティヴなものから懲罰的なものに変化したあとにも、同じ刺激を選択しつづけやすい(Newman et al. 1990)。
    • 二種類のボタンがあり、一方は報酬に、他方は罰や損失に結びついている。このとき人は、報酬と連合したボタンを押すことをすぐに学習する。その後、ボタンと報酬の関係が逆転すると、定型の大人はすぐに逆のボタンを押すことを学習するが、これにくらべサイコパスではこの反応の変化が生じるのに時間がかかる(Budhani et al. 2006)。
  • 現実世界での例を考えてみる。
    • 子供があるクラスメイトの真似をしてみんなを笑わせていたが、そのうち真似された当人が恥ずかしくなって怒りだしてしまった。定型の子供であれば、この事実にすぐに気づき真似をやめられる。だが高いCU特性をもつ子供は結果の変化に鈍感なので、クラスメイトを恥ずかしめ続け、故意ではないがいじめっ子になってしまう。

注意分配の障害

恐怖増強驚愕(FPS)
  • 中立刺激(例:ある音)と嫌悪刺激(例:うるさいノイズ)がコンスタントにペアで提示されると、中立刺激は嫌悪刺激の予測子となる。その上で、中立刺激の後に実際に嫌悪刺激が提示されたときの恐怖反応(条件づけられた恐怖反応)は、中立刺激なしに嫌悪刺激が提示されたときの恐怖反応(条件づけられてない恐怖反応)よりも大きいことが知られている。
    • ところが、サイコパスの場合この効果が生じない(Newman et al. 2010)。
  • この条件づけられた恐怖反応の障害は、注意によって媒介されていることが近年わかった。
    • Newman et al. (2010) では、中立刺激として画面に提示される文字を用いた。この文字は画面の上下のどちらかに表示され、また赤か緑かの色がついている。嫌悪刺激(ノイズ)は赤文字の後にのみ提示される。
    • 被験者のサイコパスには、中立刺激のうち嫌悪刺激に関連しない特徴(位置)に注目する条件か、嫌悪刺激に関連する特徴(色)に注目する条件のどちらかが与えられる。前者では位置をレバー押しで報告、後者では色をレバー押しで報告することが求められる。
      • すると、色に注目する条件では、条件づけられた恐怖反応が通常化した。
    • なお被験者は、教示を与えられる前(つまり、中立刺激と嫌悪刺激の関係を学習している段階)から、色が嫌悪刺激と関連していることを理解していた。ここから、教示は刺激に関する知識ではなくまさに注意だけを操作しているということがわかる。
情動認識
  • 注意分配は、情動を正確に認識するためにも必要である。
    • 大人のサイコパスもCU特性レベルの高い子供も、情動(とくに恐怖)の認識に障害を持つことが知られている(Marsh and Blair 2008)
    • 恐怖は、眼のみで表出することができる唯一の主要な感情であり、恐怖によって見開かれた眼は恐怖の表情のなかでも中心的な特徴である。
  • サイコパスやCU特性レベルの高い子供は、眼の領域にとくに注意を払えば、恐れている顔を正しく同定できるようになる(Dadds et al. 2006)。
    • 恐怖認識の障害は、社会的に重要な手がかりへの注意の配分の障害というより根本的な障害のマーカーだというのはありそうなことだ。
    • 実際、反社会的行動の問題を抱える男児のなかでも、CU特性のレベルが高いものは、母親とのアイコンタクトの頻度が少ない(Dadds et al. 2012)。
    • 社会的に重要な手がかりに対する注意が欠如していると、行動とその帰結のあいだに連合を形成する能力にも影響が生じ、いつ不道徳な行動を変様させる必要があるのかが学びにくくなるだろう。

わずかな障害からサイコパシーへ

  • 高レベルのCU特性をもつ子供に特徴的な行動の発達は、単純に、学習や注意の障害の結果なのかもしれない。
  • これらの障害はもちろん、社会的環境と相互作用しあう。
    • たとえば、他の兄弟姉妹よりも親とアイコンタクトをとらない子供に対しては、親の暖かさは減ってしまうかもしれない。
    • サイコパスの発達はいわば伝言ゲームのようなものだ。子供が自分の行為や社会的相互作用を理解するさい、認知的な差異は一見どうでもいいエラーを生じさせるが、そのエラーが子供にとっての環境をつくりだし、また子供の抱える困難を更に悪化させていくことで、大人になる頃には極めて不道徳な行為や性格特性を生み出してしまう。
  • こうした認知的および情動的障害と社会環境のあいだの複雑な相互作用を示すものとして、共感の欠如が注目されてきた。
    • 共感には、相手が何を感じているかを理解する「認知的共感」と、相手と同じ情動を自分も持つ「感情的共感」の二要素がある。高レベルのCU特性をもつ子供は、「認知的共感」には何の困難もないが、「感情的共感」には障害がある(Jones 2010)。
      • この障害は、相手の情動状態に対する注意の欠如によって駆動されているのかもしれない。
    • また感情的共感の障害は、fMRI研究によっても確かめられている。サイコパス的特性を持つ若者は、そうでない若者に比べ、他人に痛みが生じる画像を見たさいの扁桃体の活動が弱い。だが、自分に痛みを感じることをイメージしたさいの扁桃体の活動には差がない(Marsh et al. 2013)。
    • 共感〔の欠如〕は、基本的な神経・認知的機能〔の障害〕からより複雑な〔不道徳な〕性格・行動特性のあらわれに至る道におかれた一つの飛び石だと考えることが出来るかもしれない。

結論

  • 本章では、不道徳性という病理(CU特性の発達)に対するひとつの可能な説明を提出した。
    • 学習や注意といった基本的な機能〔への注目〕は、心理学者が行動の問題を解くためのツールである。
    • 社会学や神学をはじめ様々な学問が、同じ問題を解くために独自のツールを持つ。こうした様々なアプローチを組み合わせることで、最適な解が見つかるだろう。
      • というのは、子供がどういう行動をとるかは単なるその子供の認知プロセスだけによって決まっている訳ではまったくなく、その物理的、社会的環境や、信念、経験、家族の力学、これまでの成功や失敗などにも影響されるからだ。
  • 私達は、不道徳行為を行うサイコパスのことを、「モンスター」つまりそれ以外の人々とは異質な存在だと考えがちである。不道徳行動が極まっていると、私達はそれがどうやって出てきたのか想像することが難しい。
    • だが、そうした障害の根本にあたる基本的な心理過程について考慮すれば、よりよい介入や治療を行うための基盤を手にすることができるだろう。