https://jmepb.bmj.com/content/2/2/e000091
- Nakao, G., and Sawai, T. (2026). Eugenics reconsidered: why non-Western histories matter for bioethical governance. JME Practical Bioethics, 2: e000091. https://doi.org/10.1136/jmepb-2025-000091
- 生命倫理学の議論では、優生学の歴史が重要な参照点として用いられ続けている。
- だが近年の歴史的研究は、従来の優生学の理解を根本的に再構築している。
- 第一に、優生学はもはや単一の教義ではなく、様々な理論と実践の複合体だと捉えられるようになっている。これは対象を一つの国に限定したとしても当てはまる。
- 第二に、優生学の地理的な広がりが強調されるようになっている。優生学は決して「西洋的」現象ではなく、アジア、ラテンアメリカ、アフリカなど様々な地域に重大な社会的・政治的影響を与えた。
- こうした新たな展開のうち、第一のものには生命倫理学者の関心も高まってきている。
- 優生学は全体主義かつ強制的な国家政策に限られるものではないという認識は広まってきた。
- しかしながら、いまだ十分注目されていない事実もある。社会的に周辺化された人々が優生学を積極的に支持してきた事例の存在や、遺伝的でないとすでにわかっていた現象(感染症やアルコール依存症など)も優生学の対象になったという事実がその例である。
- 第二の展開はさらに注目されていない。
- 生命倫理学者が訴える「優生学の歴史」はいぜんとして少数の西洋諸国のものに集中しており、優生学のイメージが実際よりも単純化されている。
- 他の地域では、西洋では周辺的な前提や実践が主流化したり、西洋とは著しく異なる社会的・政治的帰結が生じたりした。
- 日本は、西洋とは異なる優生学経験を示す好例である。
- 日本における優生学導入の初期段階では、「白人の血」を取り入れるという有力な提案があった(後に民族ナショナリズムに伴い後退した)。
- 将来的にも、高度な生殖技術が未発達の地域において、遺伝的に「強化」されたとみなされる集団が子孫を残しやすいという状況が生じるかもしれない。
- 20世紀初頭には、「黄禍」論に対抗する形で、西洋社会が「白人人種」を強化しているという信念が強まった。これが、日本人人口を増やさなければならないという主張を強化した。
- ここには、優生学実践を行う集団に脅威を感じた別の集団が対抗的に優生学実践を行うというメカニズムがある。今日でも、ある社会において優生学的介入を導入するかどうかを検討する際には、それが別の社会に与える影響をも十分考慮する必要がある。
- 遺伝的な形質だけではなく、家族、地域共同体、より広い社会環境が改善の対象とされ、性感染症、ハンセン病、非遺伝性の精神疾患や知的障害、結核、アルコール依存症などが優生学上の重要な懸念事項となった。
- 将来的にも、社会問題が生殖の制御によって解決可能だと考えられた場合、遺伝とは関係がない領域でも優生学的な圧力が生じる可能性がある。
- このように、優生学の歴史における地域的多様性に注目することで、過去の優生学がもたらした社会的帰結をより十分に把握し、また現代のルール作りにも重要な洞察を引き出すことができる。
- 非西洋における優生学の経験は周辺的なものとして扱われるべきではない。今日の生命倫理学にも実践的価値をもつ重要な知的資源である。