えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

コメント:自律を放棄しないと規範を守れない中毒者のつらみについて Yaffe (2014)

Moral Psychology: Free Will and Moral Responsibility (A Bradford Book)

Moral Psychology: Free Will and Moral Responsibility (A Bradford Book)

  • Sinnott-Armstrong, W. ed. (2014) Moral Psychology
  • Peter Dayan と Read Montagueらの業績のポイントは、ドーパミンの働きを機能の観点から適切に特徴づけたとことにある
    • 生化学的メカニズムが心理あるいは機能の言語に変換されない限り、そのメカニズムが意志の自由とかそれにまつわる評価との関連に関しては何も言えない。
  • 彼らによると、ドーパミン信号は評価の誤差に関する情報を担う。
    • この見解が重要になのは、ドーパミンが未来へ向けて動機を構造化する「学習」に重要だということになるからだ。
  • 彼らの見解は、悪行に対する責任、とくに、中毒者の責任の問題に対する回答へ実質的な制限をかける。
    • 少なくとも、中毒者の脳機能は評価誤差に関しては働くべきように働いていないという事実に「両立」する回答が求められる。
    • さらに、むしろどう回答すべきなのかに関する積極的「洞察」をもたらしてくれるようにも思われる。
  • ある人の責任を減免しうる条件があるとしたら、制御の欠如こそまさにそれだ、というのは魅力ある考え方だ。
    • Montague自身もこのように考えていたように見受けられる
    • しかし、責任判断は多様であり、他に2つの条件の候補が考えられる。

【1】ハードルの高さ

  • ある行為者が特殊な条件にあることで、悪行から離れることのハードルが極めて高くなっている。しかもその条件は本人の過失によるものではない。
    • 強制など
    • 規範順守のハードルを高めるような条件は、制御とは何の関係もない
      • ハードルが高いというのは何かができなくなっているのではない。
      • 「ハードルを越えずに規範を順守すること」は確かにできない(例:指を詰められることなしに殺人を回避することはできない)
  • しかし、このことが私たちの評価に影響するのは、別に制御がなくなっているからではない。
    • もしこうした場合に制御がなくなっているのだとすれば、「犯罪から利益を得る」人だってそうでない人に比べて制御を欠くことになる〔。なぜなら、「損害を回避せずにはいられない」ことが制御の欠如になるなら、「利益をとらずにはいられない」ことも制御の欠如になるからだ〕。
    • その結果犯罪から利益を得る人の責任が減免されるなどということはあり得ないだろう。

【2】規範的な能力

  • 自分自身の行いが悪いと分かっていない場合
    • 強い妄想:健常な場合でも感情の高まりや、時間の欠如など
  • ここでも、行為への制御は十分に発揮されていることはありうる
  • 従って、ドーパミンの機能的役割が自由と責任にどう関係しているのかを問う際には、制御とは関係ない形で問題になる可能性を捨ててはいけない。
    • コカイン中毒はハードルを上げたり規範的能力を欠如させるのかも?
  • また、制御を理由応答性の観点から説明する説によれば、中毒が責任に影響を与えるという点すら自明ではない。
    • 人がコカインを評価する(し続ける)という事実や、本人にとってのコカインの価値と現実の価値がかい離しているとかの事実からは、「その人がコカインを「理由なしに」摂取している」こと、「摂取しない理由がある場合にも摂取し続ける」ことは出てこない。
  • いくらコカインの価値が高まると言っても、「何が起ころうとも」コカインを摂取するほど高い価値を与えるわけではない。
    • むしろ中毒者はコカインを理由に従って摂取し、かつ反対の理由に対する感受性をも持っているとも考えられる。
    • すると、中毒者も自分の行為を制御していることになる。
  • もちろん、コカイン摂取に反対する理由への感受性はふつうの人よりは鈍く、その分だけ中毒者は制御が減衰しているといえるかもしれない。
    • しかしこの意味での制御の程度が責任の程度に対応しているというのは全く自明ではない。
  • 強い理由がないと人を傷つけるのをやめない人だからといって、責任が軽くわけではないだろう。
  • では何が中毒者における責任の減免に関わってくるのか? 
    • ハードルの方だ (Yaffe 2011)
  • 中毒者の場合、悪行を回避するには自律を犠牲にするしかない場合がある
    • 自律=自分が最も価値を置く理由に従って行為する能力
  • そして、自律の放棄は大きなハードルである。
    • リベラル社会は自律を守ろうと最大限努力している。〔それほど価値の高いものを捨てなくてはならないのだ〕
  • この考え方は素描的なものに過ぎない。
    • ドーパミン信号の役割の解明という点でも、規範的能力や制御という概念の解明という意味でも、やるべきことがたくさんある。