えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

社会的理由と非理想理論 Richardson (2024)

Social Reasons - Richardson - Journal of Applied Philosophy - Wiley Online Library

  • Richardson, K. (2024). Social reasons. Journal of Applied Philosophy, Advanced online publication.

社会的理由の存在

  • この論文では、社会的理由という考えを擁護する。
    • 社会的理由は規範理由である。
  • 事例:結婚が重視されている社会がある。結婚は法的にも道徳的にも要求されていないし、結婚しなくてもした場合と同様に良い人生を送れる人もいる。そのような人物であるDaveが母に呼び出され、「もう40なんだから結婚しなよ」と言われた。
  • これはどういう種類の理由なのか。一見して、賢慮的理由でも道徳的理由でもないように思える。
    • ほとんどの道徳的理由の説明によれば、Daveに結婚する理由があるとは考えがたい。
    • 結婚の利益を踏まえると賢慮的理由と解釈するほうが容易だが、Daveは結婚しなくても同じくらい良い人生を送れるのだった。それでも母が結婚を勧めてくることはありうる。
  • これはそもそも理由になっていないという応答も可能である(多くの哲学者はそう考えると思われる)。
    • だが、Daveには結婚する理由がある(義務づけられているという意味で)と言える意味は確かにある。つまり、Daveは結婚を社会的に義務づけられている。Daveは結婚が社会的に要求されている文脈におり、したがって、結婚する社会的理由がある。

反論と応答

  • 賢慮的でも道徳的でもない規範理由としての社会的理由という考えには様々な反論が考えられる。
  • 錯覚による反論
    • 反論:社会的理由なるものは存在せず、それがあるように思われるのは単に誤りである。
    • 応答:なぜそのような錯覚が存在するかの説明が必要である。この点を、以下の「社会規範による反論」が補いうる。
  • 社会規範による反論
    • 反論:社会的理由なるものは、社会規範が生み出している圧力に過ぎない。
    • 応答:社会規範によって生み出されているからといって、社会的理由が存在しないことになるわけではない。社会規範は賢慮的理由や道徳的理由も生み出している。
  • 社会的期待による反論
    • 反論:社会的理由なるものは社会的期待に過ぎない。
    • 応答:社会的期待の蔓延は社会的理由の必要条件でも十分条件でもない。構造的な人種差別がある社会では、市民がいちいち期待していなくても警官には人種差別的取締を行う理由がある。また、すべての人がDaveの結婚を期待していても、結婚を特権化する社会制度がない場合はDaveに結婚する社会的理由はない。
  • 倹約による反論
    • 反論:社会的理由は、賢慮的理由や道徳的理由と異なり根本的(fundamental)なものではないため、倹約の観点からこれを措定するべきではない。
    • 応答:何が理論的に重要か(=何を措定すべきか)は議論の文脈によって異なる。たしかに伝統的な価値論は根本的な意味での規範理由について議論してきた。だが、そうした議論は目下の関心事ではない。社会的理由という考えは、従来の価値論の範囲外の問題について考える際に極めて有用である(以下で述べる)。
  • 力による反論
    • 反論:規範理由には規範的拘束力があるが、社会的理由にはない。
    • 応答:ここではひとまず、この反論が社会的規範性全体にかんする懐疑論であることを指摘したい。だが、社会的規範性全体についてはこれを擁護する議論がある。たとえば、Margaret Gilbertは社会的規範性を共同コミットメントから説明しており(Gilbert, 20133)、Charlotte Wittは社会的役割が規範性を生むと論じている(Witt, 2023)。本論文では社会的規範性全体の広範な擁護論は展開できないが、社会的理由という概念が価値論の中でどう役立つかを示すことはできる(この反論についても以下で更に扱う)。

非理想理論における重要性

  • 社会的理由という概念は、非理想理論という文脈で魅力的なものである。
  • 非理想理論の代表例として、Charles W. Millsの人種契約論を挙げることができる(Mills, 1997)。
    • Millsは、白人至上主義を理解するために社会契約論を利用した。

自らがその人種に基づいて優越的であると考える者たちのあいだで実際の合意があり、白人とされた人はそうでない人よりも道徳的及び政治的に優越しているとされた。Millsはこの人種契約という考えによって、現存する社会を記述的に特徴付けようとしている。

    • Millsの説明は、社会的理由によって理解可能となる現象とは何かを示すのに役立つ。それは広範な構造的不正義である。人種契約仮説が正しい場合、人種差別者である社会的理由がある。黒人に厳しくする警官は社会的理由に従っているのだ。このような現象の解明に社会的理由という概念を用いることにより、そうした理由を構成しまた可能にしている社会集団や文脈の道徳的・政治的問題を明らかにすることができる。
    • 社会的理由に関する主張の多くは、道徳に反しており、耳障りである。ある人に「人種差別者である理由がある」というのは、有徳な人には不愉快である。だが、こうした語法は有用である。一定の事態を記述し、それに反対するアクションにつながるような道徳的感情を喚起することができるからだ。
      • こうしたアイデアはSally Haslangerの「女性」の説明に似ている(Haslanger, 2012)。Haslangerは女性を従属的な存在として定義しておりこれは耳障りではあるのだが、この説明は「女性」という語の実際の使用を記述するものではなく、政治的目的に役立つものとして提示されているのである。
  • Millsは、現実の抑圧や支配や不正義に関する問いを曖昧にしてしまう点で理想理論を批判した(Mills, 2005)。これに対し非理想理論は、行為者や社会制度の規範的欠点や実際の働きに非常に注意を払って構築される。
    • 非理想理論はすべての抽象化・理想化を否定するわけではない。人種契約という概念も理想化である。だがこれは、この(不正な)現実世界を記述することによりよくチューニングされている。
  • 賢慮的理由および道徳的理由は理想的な事例を強調しているため、これらの観点からでは社会における誤った事柄に説明を与えることができない。このために、社会的理由のような概念が必要になるのである(これで、「倹約による反論」に応えた)。

社会的理由の構築主義

  • ここでは、社会的理由は社会的観点により構成されるという構築主義の概要を説明する。
  • メタ倫理学における構築主義は、規範的主張の真理性は一定の実践的観点の内部から導出されると考える。実践的観点とは、規範的問題に関連する一連の価値および価値判断である。
    • メタ倫理学では個人の観点に注目する傾向があるが、集団もまた規範的観点を持つと考えられる。これを「社会的観点」と呼ぶ。

【社会的理由の構築主義】
Xが行為者Aが文脈Cにおいてφする社会的理由であるのは、まさに次の場合である。すなわち、Xが行為者Aがφする理由であるということが、関連する集団Cの観点から含意される場合。

  • この説明では、ある人がどのような社会的理由をもつかは、その人自身の観点ではなくて、その人が関連する集団の観点に依存している。
  • 社会集団が観点をもつとはどういうことなのか。観点をもつことは、まずは記述的および規範的信念に存している。
  • では、集団的信念とはなにか。様々な説明があるが、比較的保守的なJennifer Lackeyの説明によれば、ある集団の主要メンバーがpと信じている時、その集団はpという信念を持つ(Lackey, 2021)。
    • Lackeyの説明は集団メンバーの間に主要/非主要の区別をしている。問題の信念が集団のすべての人によって共有されている必要はなく、権威ある立場にいる人の間で共有されていれば良い。
    • したがって、あなたのもつ社会的理由は、あなた自身の観点にはまったく依存していないかもしれない。あなたの社会的理由を決定する集団にあなたは含まれないかもしれないからだ。
    • この特徴は便利である。一定の人を主要人物とし、別の人をそうでないとする権力関係をうまくとらえられるからだ。
  • (観点には信念だけでなくその他の態度も含まれるが、更に洗練された説明は他日を期す)
  • メタ倫理学における構築主義のなかでも特に有名なのがヒューム的構築主義である。
    • これは、すべての実践的観点がコミットしているような実質的価値の存在を否定する点に特徴がある。
      • この特徴はメタ倫理全体の文脈では議論を呼んでいるが、社会的理由を理解する際には役立つ。なぜなら、社会的理由は道徳によって拘束されていないからである。
  • 以上から、非理想理論において社会的理由がなぜ有益であるかもよりよくわかるようになった。
    • 社会的理由を導入することで、社会的観点の問題を単に同定するだけではなくて、そうした観点が個々の行為者の熟慮にどのように影響するかをより丁寧に考えることが可能になる。
      • 非理想的状況下にある行為者は、社会的理由を行為への理由として捉える。そしてそうした理由は、一定の社会的観点から見て、特定の行為を支持するものとなる。このような基本的な事実を捉えることが、理想的な価値論では難しい。

文脈依存性と規範的拘束力

  • 社会的理由は文脈依存的である。
  • この点では、道徳的文脈主義における同様の議論をモデルとすることができる。Gunner BjörnssonとStephen Finlayは、規範的主張は情報と基準の二つに相対的であると論じた(Björnsson and Finlay, 2010)。
    • (正確に言えばこの議論は道徳的言語に関するものだが、道徳的事実にも拡張することができる)
  • これと同様に、社会的理由も情報と基準の両者相対的だと考えることができる。
  • 今や、「力による反論」に十分答えることができる。
    • 道徳的文脈主義は、道徳的基準が文脈によって変わり、それが情報や目的に相対的である場合でも、道徳的基準には規範的拘束力があると見なす。同様に、社会的理由も、何が社会的理由であるかが文脈に応じて変化するとしても、規範的拘束力をもつのである。

社会的理由の規範性に対する抵抗感とメタ言語的交渉

  • 社会的理由が規範的拘束力をもつことに対する抵抗感には二つの源泉がある。
    • 第一に、社会的理由という観点から見ると、自分が置かれている社会的文脈があまり好ましくない形で描写されることになる。社会的理由は道徳的に禁じられた事柄を推奨することがあるし、道徳的には許容可能だが義務でないことを推奨してくることもある。
    • 第二に、道徳的に悪い社会的理由に対する抗議として、そのようなものは存在しないと主張されることがある。この点をさらに拡張しよう。
  • 道徳的文脈主義にかんする議論において、異なる道徳文脈にある人がそれでも道徳的に対立することをどのように説明するかという問題がある。
    • 解決策は、人々は単に矛盾する道徳的命題を主張することで対立しているのではなくて、道徳的観点の点で対立している、と見ることである。
    • この場合、ある相手に反対する人は、自分は違う情報と目標を持っていると言おうとしている。この現象はメタ言語的交渉と呼ばれている。
  • 同様のことが社会的理由に関しても生じうる。ある社会的理由に「そのような理由はない」と抗議する場合、自分の置かれている文脈を変更したいからそうすると考えることができる。あるいは、その理由で自分の社会を特徴づけられたくないと考えているのかもしれない。
    • この種の抗議は問題となる観点とは異なる観点をとることを促すものだが、しかし問題の観点は依然として私たちの社会に存在しており、それとの関係で社会的理由も存在しているのである。
      • 社会的理由の力に我々が抵抗感を覚えるという事実それ自体が、むしろ社会的理由の理論的有用性を示す。非理想理論においては、私たちが社会に見出す不正や抑圧を解明する助けとなる概念が必要であるが、社会的理由はまさにそれを行うのである。