えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

抽象化される古典的記憶術 桑木野 (2014)

ヒロ・ヒライ、小澤実編 (2014) 『知のミクロコスモス 中世・ルネサンスのインテレクチュアル・ヒストリー』 (中央公論新社)

  • 桑木野幸司 「記憶術と叡智の家:ルネサンスの黄昏における伝統の変容」 ←いまここ

  生き延びるために記憶術について学ぶの巻

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  初期近代には、場所とイメージによって記憶能力を増強する記憶術が栄え、当時の学問を支えていました。そんな記憶術の使い手の中でも本論文は、ランベルト・トマス・シェンケル(1547-1630)に着目します。彼のうちにこれまで排他的に理解されてきた2つのアイデアーー「記憶ロクス」(心の中で記憶のイメージを配置する場所)をもちいる古典的な記憶術と、一般から個別へ2分法的に分割された樹形図を描くことで主題を配列するラムスに代表されるような人文主義的「方法」ーーの共存がみてとられ、単純に後者が前者を駆逐したとするこれまでの図式には再考がせまられます。
  シェンケルは推奨されるべき記憶ロクスとして、当時一般的だった馴染みある具体的な場所(たとえばロンベルクのこういうの)ではなく、極めて抽象的でシンプルな四角い部屋からなる家を挙げます。これなら、記憶したい対象にあわせて壁の数を増減させることで柔軟な対応ができるというわけです。この抽象的なロクス・システムを個別学問に適用する際には、その個別学問の全体を「定義」と「分割」によってバラバラの主題群に分解し、それぞれに部屋を割り当てる手法がとられます。このような定義と分割の方法、およびその視覚的表現である樹形図に、シェンケルは「短期間で効率よく学習させる」ものとしての「方法」の語を結びつけてゆくのですが、このような「方法」理解がラムス主義の影響下に形成されたと考えられる論拠を本論文は幾つか提示します。極めて抽象化された古典的記憶術を提唱するシェンケルにとって、ラムス的な方法は記憶術を補完する存在でこそあれ、それにとってかわるものではなかったのです。