えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

攻撃の2過程モデルへ 大渕 (1993)

人を傷つける心―攻撃性の社会心理学 (セレクション社会心理学 (9))

人を傷つける心―攻撃性の社会心理学 (セレクション社会心理学 (9))

  • 大渕憲一 (1993) 『人を傷つける心―攻撃性の社会心理学』 サイエンス社

 著者は攻撃性にかんする従来の理論を3つに分類します。

(1)内的衝動説:個体には自然にわき起こってくる攻撃的欲望があるという説。

・古典的にはフロイトのタナトスがこれにあたります(2章)。より新しいローレンツでは、内発的本能衝動が、解発/抑制刺激と組み合わさって攻撃行動が帰結するという考え方がとられます(3章)。人間にとって攻撃を抑制する刺激の代表例は他人の苦痛ですが、他人に対する自分の情動状態によってはかえって攻撃行動を生み出す事もあります。(4章)。
・しかし様々調査や実験が、攻撃にはなんらかの挑発的事項が先行している事を示しています。また、ローレンツの動物研究の分野でも、内発的攻撃動機は実証が少なすぎ、現在では賛同を得られていません(Montagu, 1976; Klama, 1988)(13章)。

(2)情動発散説:不快感情発散の為に攻撃が行われるとする説。攻撃的動機は外部から喚起される。内的衝動説とともに、無関係な対象に向けた衝動/情動の発散を認める(カタルシス)

・Dollardらの「イェール学派」は、精神分析的アイデアを行動主義的に検討しようしたグループであり、「欲求不満が起これば必ず攻撃(動因)が生じる」という基本命題を掲げました。なお「欲求不満」とは「目標に向かって人が努力を開始してから妨害された状況」のことだとされます。しかしこの命題には、(A)欲求不満があっても攻撃動因が生じない事がある、(B)欲求不満がなくて攻撃動因が生じる事がある、と両方向から批判が投げかけられています。
・というのは、(A)欲求不満を生じさせた相手の行為が合理的〔弁解可能〕である場合には攻撃行動は起きないし(大渕, 1982)、(B)「プライドを傷つけられた場合(GEEN, 1968)などにも攻撃行動は起こるからです。(5章
・またカタルシスの可能性に関しても、空想活動(Hokanson & Burgess, 1962)、攻撃的ユーモア、暴力映像(Donnerstein et al., 1976)、スポーツ(Goldstein and Arms, 1971)に関して、一見カタルシス的な現象が、仔細に検討してみれば注意転換(Donnerstein, 1983)や拮抗情動反応(Baron, 1983)などで説明できることが示されます(6章)。

・欲求不満説に対しては、合理性の他にも予期(Worchel, 1984)や意図性(Dodge, 1980)といった個人の認知過程を重視する立場からの批判が出ています。これをうけBerkowitz (1989) は、攻撃反応に対して認知過程が二カ所で関与するというさらに洗練されたモデルを作りました。

【嫌悪事象】−(1:認知的評価・解釈)→【不快情動】=>【攻撃動因】−(2:認知的制御)→【攻撃反応】

・ポイントは、第一段階の認知が寄与するのはあくまで不快情動の発生であり、不快情動は自動的に攻撃動因を生み出すとされる点。そして、攻撃行動はあくまで不快情動を発散するものであって、嫌悪事象を排除する等の機能的価値を持つ訳ではないとされる点です。
・(なお、情動と攻撃の関係の具体例として性的興奮を扱った章も設けられています(8章))

(3)社会的機能説:対人的な目的の達成手段として攻撃を捉える。不快情動は必ずしも重要ではない。

・社会的機能説の一種として、バンデューラの社会的学習理論が挙げられます。そこでは、生得的な解発刺激をおくローレンツや単一の攻撃喚起条件として欲求不満をおくイェール学派とは異なり、元々中性的な刺激が経験を通して攻撃喚起の性質を持つようになると考えられます。しかし、怒り(大渕・小倉, 1984)や侮辱を考えると、刺激の中立性にはかなりの疑問がつくでしょう。また個人の認知の働きに関して、事象間の関連認知が強化に重要になる(Bandura, 1973)といった程度にしか考えていないという不満点があります(9章)。

・他方で別の形の社会的機能説として、RuleやTedeskiらは、人々の間に起こる様々なトラブルを解決する行動戦略の一つとして攻撃があると考えます。つまり、攻撃の持つ社会的機能に着目するのです。この機能には、「防衛・回避」、「強制」、「制裁・報復」、「印象操作」の4つがあると筆者は考え(大渕, 1987)、それぞれに関して詳細な検討が加えられます。
・この説の重要なポイントは、まず社会的トラブルを解決したいという動機が攻撃行動を導くのであり、内発的な攻撃衝動があるのではないという点。次に、攻撃行動は外的な攻撃行動はあくまでも目標依存的だという点であり、この点で情動発散説とは区別されるという点。そして、4つの機能を効果的に果たすために必要な、個人の高次認知を強調するという点です。(10章
・さらに11章ではさらに具体的に、高次認知過程として、責任帰属の3次元(Ferguson & Rule, 1983: まず意図性の有無、そして意図的なら「動機の正当性」、意図的でないなら「制御能力」を加味)や、尊重/軽視の次元(Worchel, 1984)がいかに攻撃行動に影響するかが説明されます。続く12章では認知傾向(性格)が攻撃に影響することが、病理学的な視点から示されます。

2過程モデルへ

・筆者は結局、(1)の内的衝動説はとれないが、(2)情動発散説と(3)社会的機能説はどちらも真理を含んでいると考え、両者を2過程説の形で統合するという提案を行います。まず挑発的事象が知覚されるが、それによって喚起される不快感情が強い場合には自動的認知処理(連合など)を経て衝動的な攻撃動機が生じ、攻撃に至る。その一方で、制御的な認知処理(帰属・判断・予測等)が行われ、戦略的な攻撃動機が生まれる事で攻撃が生じる場合もある、というものです(13章)。

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実験が(出版年代的に古めではあるものの)豊富に紹介されつつ、大変わかりやすい記述と構成で勉強になりました。タナトスなんていらんかったんや!
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追記:内容が更に新しい新版があるようです。あとで読みます。