The Social Psychology of Morality: Exploring the Causes of Good and Evil
- 作者: Mario Mikulincer,Phillip R. Shaver
- 出版社/メーカー: Amer Psychological Assn
- 発売日: 2011/09/15
- メディア: ハードカバー
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- Mikulincer, M. and Shaver, P. (eds.) (2012). The social psychology of morality. Washington, DC: American Psychological Association.
1. Graham, J. and Haidt, J. Sacred values and evil adversaries: A moral foundations approach.
2. Cushman, F. and Greene, J. The philosopher in the theatre.
4. Bloom, P. Moral nativism and moral psychology
16. Doron, G., Sar-el, D., Mikulincer, M. and Kyrios, M. When moral concerns become a psychological disorder: The case of obsessive-compulsive disorder ←いまここ
20. Baumeister, R. Human evil: The myth of pure evil and the true causes of violence.
【要約】
多くの人は道徳性というのを自己にとって重要な価値として認めているので、不道徳な行為や思考をしてしまうと自己像が大きくゆらいでしまう。しかし通常であれば、補償行動を行ったりよこしまな思考から注意を逸らしたりするなどの対処をおこなうことで、自己像を回復することができる。だが、強迫性障害の場合にはこうした適応的な対処法をとることができず、過度の罪悪感や否定的自己評価に圧倒されてしまう。このことは、自己にとっての道徳性の価値がとくに高くなっていることにくわえ、愛着の不安定性に由来する認知の機能不全により適切な対処法が取れなくなっているために生じると考えられる。
- 強迫性障害の症状には、道徳に関連した悩み・感覚・認知が関連することが多い。たとえば、道徳的基準を破っているという知覚、罪悪感、肥大した責任感などだ。健常な人であれば、自分のもつ道徳的基準に抵触する行為や思考をしてしまっても、否定的な自己評価や機能不全の信念に圧倒されてしまうことはなく、それらに対処し自己像を回復する戦略をとることができる。強迫性障害の場合なぜこれができないのか?
- この章では、愛着システムの機能不全によって道徳的な悩みに対処するプロセスが乱され、強迫性障害につながってしまうと論じる。
強迫性障害
- 次のような執着・衝動がある場合、強迫性障害と診断するのが適切となる
- その執着・衝動は、少なくともどこかの段階で、過剰・不合理・不適切であると経験される
- 大きな苦痛を生み出す
- 時間を食い過ぎるか、日常生活に支障をきたす
- ※執着 [Obsession]:本人が望んでおらず心が乱されるような侵入的思考、イメージ、動因。
- ※衝動 [Compulsion]:執着に対して、苦痛を低減したり恐れている結果を防ぐためにとられる手段。反復的確認行動や手洗いなど。
- 強迫性障害の病因論のモデルとしては、認知行動的な理論が実証的にもっとも支持されており、認知行動がよく行われている。
- 強迫性障害の人と似たような形式・内容をもつ侵入現象を、多くの人も経験している(Rachman & de Silva 1978)。だが強迫性障害の人はそうした侵入を、機能不全の信念(過剰な責任感、完全主義、脅威の過剰評価など)をもとに誤って解釈してしまう。また強迫性障害の人は侵入的思考に対して効果的でない戦略で対処しようとしてしまい、かえって侵入が強化されてしまう。
- たとえば、人は自分の思考をコントロールできなければならないのだと思い、だがそれができないので、ますます苦んでしまう。
- 強迫性障害の人と似たような形式・内容をもつ侵入現象を、多くの人も経験している(Rachman & de Silva 1978)。だが強迫性障害の人はそうした侵入を、機能不全の信念(過剰な責任感、完全主義、脅威の過剰評価など)をもとに誤って解釈してしまう。また強迫性障害の人は侵入的思考に対して効果的でない戦略で対処しようとしてしまい、かえって侵入が強化されてしまう。
- だが認知行動的モデルには限界も指摘されている
- 機能不全の信念を持たない人も一定程度いる
- 機能不全の信念の主題が特定的だという点は不確かである
- 発達や動機を考慮していない
- 認知行動療法が効かない患者が一定程度いる
自己-鋭敏性と強迫性障害
- こうした批判に対し、著者らは既存の認知モデルに「自己の理論」を組み込むことを提案してきた(Doron & Kyrios 2005)
- 自己に関連する様々な領域のうち、社会文化的および発達上の要因により、特定の領域が、自己の価値を規定するのに非常に重要なものとなる。これを「鋭敏な自己領域」と呼ぶ。
- 強迫性障害の場合、鋭敏な自己領域には道徳性、仕事、学業成績などがふくまれている(Doron, Moulding, Kyrios, & Nedeljkovic 2008)
- ある人の鋭敏な自己領域を揺るがす思考や出来事(例:不道徳な思考や行為)はその人の自己への価値付けにダメージを与え、その知覚された欠損を修復する行動を試みさせる。
- 強迫性障害の場合、この対処が、逆説的にも、侵入の頻度を増したり、恐れていた自己を認知しやすくしたりしてしまう。こうして、鋭敏な領域における自己評価が過剰にネガティヴになってしまう。
- このプロセスが、機能不全の信念と組み合わさるといつまでも回り続けることになり、執着や衝動がさらに発展してしまう。
- 自己に関連する様々な領域のうち、社会文化的および発達上の要因により、特定の領域が、自己の価値を規定するのに非常に重要なものとなる。これを「鋭敏な自己領域」と呼ぶ。
愛着の不安定性が果たす媒介的役割
- 多くの人々は、鋭敏な自己領域を揺るがす経験に直面すると、侵入思考を晴らす戦略をとり、揺るがされた自己を再肯定し、情動的平静を取り戻すことができる。
- こうした適応的なプロセスに対して、強迫性障害の場合には何が干渉しているのか?
- →愛着不安定性(Doron, Moulding, Kyrios, Nedeljkovic, and Mikulincer 2009)
- 愛着理論によると、保護してくれる人物(愛着対象者)との相互関係のあり方が、自己や他者がどう心的に表象されるか(内的作業モデル)に影響を与える。そしてこのモデルのあり方は、親密な関係や自尊心、情動調節や心の健康に影響する。
- 援助的な愛着対象者が必要なときにちゃんと居る(/居ない)と、安定(/不安定)な愛着の感覚が生じ、作業モデルもポジティヴ(ネガティヴ)になる。
- 愛着のあり方には「不安」anxietyと「回避」avoidance の二次元がある。両方のスコアが低い人は安定した愛着の感覚をもっていると言われる
- 不安:必要なときに相手がいてくれない、助けてくれないと心配している度合
- 回避:相手から自律しよう、情動的な距離をおこうとする度合
- 安定した愛着の感覚は、苦境に対処し情動的平静をとりもどすプロセスを促進している(Mikulincer & Shaver 2007)
- その他、安定した愛着の感覚はトラウマ的出来事に対する情動の効果を和らげたり(Floran, Mikulincer, & Hirschberger 2002)、高い自己効力感の知覚・苦痛に対する建設的な対処戦略・自己の価値に関する安定した感覚などと連合している(Collins & Read 1990)。また安定性をプライミングすることで、情動の安定性をもたらしたり、トラウマ後の認知の機能不全を和らげたりできる(Mikulincer & Shaver 2007b)。
- 愛着理論によると、保護してくれる人物(愛着対象者)との相互関係のあり方が、自己や他者がどう心的に表象されるか(内的作業モデル)に影響を与える。そしてこのモデルのあり方は、親密な関係や自尊心、情動調節や心の健康に影響する。
- 不安定な愛着の感覚を持つ人は、安定した自己や他者の表象をもつことができず、あるいは頼りになる現実の資源をみつけることができないために、苦痛を増加させる一連のプロセスを次々と経験してしまうのではないか。
- 例えば回避型の人物は、苦痛をもたらしている思考やネガティヴな自己評価を抑圧しようとするが、こうした方策は情動及び認知的負荷がある状況では失敗しがちである(Mikulincer and scaver 2003)。この失敗が、さらにその人を苦しめることになる。
自己鋭敏性、愛着不安、強迫性障害:経験的証拠
- 侵入的思考が強迫性障害の症状へと移行していくのに自己の構造がかかわっていることを示す証拠が集まってきている。
- 重度の執着を持つ人の方が、執着は有意味であり、自己の価値ある側面と衝突すると考えている(Rowa, Purdon, Summerfeldt, and Antony 2003)
- 強迫性障害の人は、健常者と比較し、自己についてより不安と不確かさを感じている(Bhar and Kyrios 2007)
- 道徳、社会的受容、職業/学業能力に鋭敏な若者は、強迫性障害に関連する認知や症状をより報告する(Doron, Kyrios, and Moulding 2007)
- 他の不安性障害と比べて、強迫性障害の人は道徳や職業能力に鋭敏である(Doron 2008)。
- 愛着の不安定性が強迫性障害への脆弱性と関連することを支持する証拠もある。
- そもそも、愛着の不安定性に関連する認知の機能不全は、強迫性障害にみられるものと似ている。
- 不安……脅威の過大評価、完璧主義、望まない思考を抑圧できない、望まない思考について反芻してしまう、嫌悪事象に直面して自己の価値を下げる
- 回避……高すぎる・厳密すぎる能力の標準、自己批判、完璧主義、不確定性や曖昧性に対する不寛容、望ましくない思考をコントロールすることの過剰な重要視
- Doron et al. (2009) は大学生を対象に質問紙調査を行い、愛着の不安定性によって強迫性障害に関連した機能不全の信念および強迫性障害の症状を予測できること、愛着の不安定性から症状への寄与は強迫障害に関連する信念によって完全に媒介されていることを明らかにした。
- またDoron, Mikulincer, and Sar-El (2010) は、愛着の安定性をプライミングすることが、強迫障害に関連する行動傾向に与える影響を調べた。プライミングは、意識的なもの(安定感が増した経験を想起させる)と無意識的なもの(被験者が安定感の源泉だとあらかじめ名指した人物の名前で閾下プライミング)が用意された。 結果、閾下プライミングは強迫的行動を減らしたが、その効果は愛着不安定性が高い被験者でのみ優位だった。閾下プライミングは、愛着不安定性から強迫的傾向へのリンクを弱めていると考えられる。なお意識的な場合には効果はみられなかった。
- そもそも、愛着の不安定性に関連する認知の機能不全は、強迫性障害にみられるものと似ている。
道徳への鋭敏性と強迫性障害
- 強迫性障害に道徳的な事柄への執心がかかわっていることは、古くはフロイトが指摘しており、最近の認知的理論の提唱者もまたこのことを示唆している。
- 恥、罪悪感、嫌悪のような道徳感情が強迫現象と関連しているという研究もある。
- 例えば嫌悪が強迫性障害の症状と関連することは理論的にも経験的にも言われているが、嫌悪は道徳的基準を破ったときに生じる感情であり、また自らを物理的に清潔にする行動を誘起する。
- より最近では、道徳という自己領域の鋭敏性と強迫性障害の結びつきを示す証拠も現れている。
- 健常者及びその他の不安障害と比較し、強迫性障害の人は侵入的思考をもとにネガティヴな道徳的結論を引き出しやすい(自分自身を悪い、非道徳、正気ではないとするなど)(Ferrier and Brewin 2005)。
- ただし、道徳的ジレンマ課題で特徴的な推論を行うということはないようだ(Franklin, McNally and Riemann 2009)
- 健常な生徒を対象とした調査によると、被験者が自己に対してアンヴィヴァレンスを強く感じている場合に限り、自己の価値を道徳性においていることと、強迫症外的な症状の間に、正の相関があった(Ahern 2006)。
- なおアンヴィヴァレンスが低い場合、二つのスコアは負に相関した。
- Doron and Sar-El (2010) は、自己の道徳性にかんする知覚を揺るがせることで執着的な症状(確認行動や完璧主義)が現れることを次のような実験で示した。
- 被験者(健常者)は、コンピュータ上で、お手本とそっくり同じ配置の図形を作る課題に挑戦する。このお手本は正規分布曲線になっており、被験者の道徳性もしくは運動能力が低いことを示す図になっている。
- この課題完成までにかかる時間(完璧主義の指標)および、課題完成後に行われる架空のシナリオへの反応が測定される(例えば、自分が汚れたときくらいの嫌悪感を感じるかの報告が求められる)
- その結果、道徳性の能力が低いとされた被験者の方は、より課題に時間を取り、また、汚染シナリオに対してより嫌悪を示すことがわかった。
- またDoron and Sar-El (2010) は質問紙調査もおこなっている。これにより、愛着の不安定性が比較的高い場合に限って、日常的な道徳的懸案(助けを無視した、約束を破った、自分の価値とは反する行為をしたなど)の頻度が、強迫性障害的症状と正に相関することが示された。
- 健常者及びその他の不安障害と比較し、強迫性障害の人は侵入的思考をもとにネガティヴな道徳的結論を引き出しやすい(自分自身を悪い、非道徳、正気ではないとするなど)(Ferrier and Brewin 2005)。
- これらの実験は、道徳領域を揺るがす出来事に対する防壁が愛着の安定性によって与えられるという著者らの考えをより確からしくしている。
結論的考察
- ここまでみてきた研究には限界もある。
- 多くの研究が健常者を対象にして行われていること
- 鋭敏な自己領域と強迫性障害のあいだの相関関係は示されているが、因果関係を示すには至っていない。
- とはいえ、筆者らの研究は強迫性障害の認知的な理解と治療に重要な含意を持つ。
- 強迫性障害の評価と介入は、道徳領域や愛着不安定性に着目することでよりよいものとなるだろう。