えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

お前は心理主義者だと批難しあう哲学者たち Kusch (1995)

  • Kusch, M (1995). Psychologism: The Sociology of Philosophical Knowledge. New york, NY: Routledge.
  • 1. Psychologism: An introduction
  • 2. Towards a Sociology of philosophical knowledge
  • 3. Psychologism refuted? ←いまここ
  • 4. The criticism of Husserl's arguments against psychologism in German philosophy, 1901-1920 ←いまここ
  • 5. Varieties of 'psychologism' 1866-1930 ←いまここ

  哲学史の通説では、フレーゲとフッサールの批判によって心理主義は打倒されたことになっている。重要なテキストとしては、フレーゲの『算術の基礎』(1884)、『算術の基本法則』(1893)、「フッサール『算術の哲学』書評」(1884)、そしてフッサールの『論理学研究』(1900) の序説がある。本書の3章はこれらのテキストのなかから、フレーゲとフッサールが心理主義を批判する際に使ったアイデア、議論を整理する。
  だがそこで抽出された論点のほとんどどれについても、同時代のドイツの哲学者たちからは様々な反論がよせられていた。4章はとくにフッサールに注目し、1901-1920のあいだ『論理学研究』の心理主義批判にどのような反論があったのかを、個々の論点と一般的な非難の両方の点から分析している。著者は個々の反論者の批判内容にも立ち入っているが、純粋に批判者の人数だけを見れば次のようになる(p.93の表2を大幅に簡略化・分割)。

フッサールの考え 論理学は理論的学である 現実的法則と理念的法則の区別 論理的原理の心理的解釈は不可能 誤謬の存在は論理法則の心理学的解釈への反例である 懐疑論と相対主義はまともな学説ではない 真理の自律性 自明性にかんする見解 思惟経済は論理の正当化には不十分
批判した人数 6 18 1 2 5 12 12 2
一般的な批判点 批判相手を間違えている フッサール自身心理主義に陥っている フッサールは神秘主義的である フッサールは形式主義の擁護者である
批判した人数 13 19 7 5

  この反論群の分析から、フッサールが心理主義を論駁したというのはこの時期にはまったく定説ではなかったことがわかる。彼のテキストは様々な解釈に開かれまた批判を受けていた。

  5章では、もう一つ別の解釈の多様性が示される。それは、「心理主義」という語そのものに関する解釈だ。この章は本書前半の白眉と言うべきもので、1866から1931年にかけて「心理主義」という言葉を使用した論文及び著作約200点を分析することで、この言葉がどのようにつかわれていたのかその具体相を暴き出している。
  通説では、19世紀後半のドイツ哲学では心理主義が優勢だったなどと言われる。しかし注意しなければいけないのだが、この時期ほとんどすべての哲学者が、心理主義は誤りで哲学から排除しなければならないと考えており、自ら心理主義者を任じたものは殆んど存在しなかった。
  ではその少数者だけが心理主義者だという批判にあっていたかといえばまったくそんなことはなく、実は当時ドイツに存在していた主要な哲学学派は、互いに互いを心理主義的だとして批判しあっていたのだ。この様子は以下の表からよくわかる(p.99の表4を翻訳)。

批判者\批判対象 西南 実心 新スコ 現象学 レムケ ディ 「かの」 経批 「対象」 新フ
マールブルク学派(Cohen, Natorp, Cassirer...) -
西南学派(Windelband, Rickert...) -
実験心理学者(Wundt, Külpe...) -
新スコラ主義者(Gutberlet, Geyser...)     -  
現象学者(Husserl...) -
レムケ学派(Rehmke, Michalschew, Moog) -
ディルタイ学派(Dilthey, Spranger...) -
「かのように」学派(Vaihinger, Lapp) -
ブレンターノ学派(Brentano, Stumpf, Marty...) -
経験批判学派(Avenalius, Mach, Petzoldt...) -
「対象理論」(Meinong, Höfler...) -
新フリース学派(Nelson, Blumenthal...) -

  このようなことが可能だったのは、いったい何が心理主義なのか、見解の統一が全く存在しなかったからだ。筆者は心理主義の基準・定義として提起されていたものをまとめあげ、3pにも及ぶ長大なリストを提示している(pp. 118-120)。その中には、「認識論を知識の心理学と同一視する輩」(Rickert 1904)といった比較的わかりやすいものもあるが、より面白いものとして次のようなものがある。

  • 「論理学と認識論の中で「自明」というカテゴリーを使う輩」(Natorp 1901)
  • 「知識の主体と対象を区別しない輩」(Lipps 1905)
  • 「主体と対象を区別する[......]輩」(Michalschew 1909)
  • 「超越論的な現象学的自我を認識できていない輩」(Husserl 1929)
  • 「カントの中心的な問いが、「個人はどうやって知識を獲得するか」だと思っている輩」(Adler 1925)
  • 「認識論の出発点をカントにとる輩」(Wundt 1914)
  • 「プラトニズムを擁護する輩」(Kroner 1909)
  • 「一次性質と二次性質を区別する輩」(Moog 1913)
  • 「文化(と文化科学)の定義のなかで人間に言及する輩」(Moog 1919)
  • 「推論的知識と直観的知識を区別する輩」(Moog 1919)(※Willy Moog氏、他にも強そうな基準を沢山提起している)

  いったいなぜこのような激しい論争が起きたのだろうか。そしてなぜこの論争は第一次世界大戦後に収束し、様々なフッサール解釈・心理主義解釈の中から今日の通説(それはフッサール自身の見解でもある)が生き残ることになったか。
  本書の後半はこの問いに対して社会学的な説明を与えていく。