えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

現在の歴史と哲学的分析 ハッキング (2002=2012)

知の歴史学

知の歴史学

  • ハッキング, I. (2002=2012) 『知の歴史学』 (出口他訳 岩波書店)

第2章 五つの寓話
第3章 哲学者のための二種類の「新しい歴史主義」 ←いまここ
第12章 歴史家にとっての「スタイル」、哲学者にとっての「スタイル」

〔前史〕

・ローティ (1979) 『哲学と自然の鏡』:「新しい歴史主義/会話としての哲学」の提唱
→「歴史と何々学」学会(1988)のお題:各分野の研究と歴史・とりわけ「新しい歴史主義」との関係は?

任務

・お題:「新しい歴史主義」と「問題解決としての哲学」(20世紀の分析哲学)との関係は?
・ところが、「歴史主義」は<社会文化的な現象は歴史的に決定されており、歴史上のそれぞれの時代は他の時期に直接当てはめることができないような、それ固有の価値を持っている>いう理論であり、「新しい」歴史主義は「会話としての哲学」だけではない。
・【「新しい」歴史主義】
  ├―「会話としての哲学」:グローバル……(哲学全体や様々な分野に帰結)
  └―ロック哲学+歴史:ローカル……(個別の思想や行動を扱う)

反歴史

・多くの英米哲学者は、特に歴史を意識する必要はないと考え次のような立場を採る。
(1)現在‐無時間派:過去が何か特別な意味を持つわけではない
(2)ペンフレンド派:古い哲学者が設定したある種の関心は今も生きているので、それを解くために使えそうなところを読めばよい。
(3)実践と共有派: 哲学は、正当的な哲学書を読み議論する訓練をつみつつ、個々のトピックでなく<人間の条件>を探求する営みであり、過去の哲学者はこの関心に直接語りかけてくる。
(4)内側へ派:古い哲学者はその時代の中で語っているのだから、彼らを理解するには当時の言説状況全体に取り組まなければいけない
・下に行くにつれ古い文献を読む量が増えるが、いずれも「歴史をやらなくても大丈夫」。

取り消し

・〔一方でローティの位置は?:〕哲学者が先達を批判する際には、見解が偽だとする方法(「否定」)と、問題自体がおかしいとする方法がある(「取り消し」)。取り消しで有名なのはカントだが、その他の取り消し人をも分類するのには次のカテゴリーが使える。
【(二律背反による)取り消し】対立する両テーゼどちらも維持できない(カント)
【進歩(による取り消し)】以前の学説は真でも偽でもないものとして却下される(コント)
【歴史主義(的な取り消し)】テーゼとアンチテーゼの総合は「真なるもの」や「可能なるもの」の新しい領域を作りだして進む(ヘーゲル(進歩も))
・ローティは、【取り消し+歴史主義+進歩(哲学は終わった)】と分類できる。ローティが新しかったのは、歴史主義的な取り消しを分析哲学に適用した点。
・ローティの取り消しは、概念の起源・生成過程を問うものではなく、分析哲学において諸プログラムが歩んできた道筋をたどるという形で行われる〔グローバル〕。この取り消しはウィーン学団のそれに近い。ウィーン学団の取り消しは歴史的ではないし、ローティは<新しい哲学の方法>を提起しないが、〔両者はグローバルだという点が似ている〕。

・【お題に対する答え】:「結びつきは無い」(ローティの公式見解)
・ローティも「問題」に対して無関心なわけではないが、問題解決を行うときは別段歴史主義者ではない。

調べてみる

・ローティとは違った歴史と哲学のつながり方……ロック哲学+歴史

【ロック命法の展開】
ロック:『人間知性論』……「我々の思想・信念を、その(発生的な意味での)起源を説明することを通じて理解せよ」という「ロック命法」に支配された経験主義的著作。
 ↓
コント:「実証主義」……知識の〔歴史的な意味での〕継続的な変容についての理論(論理実証主義の「正当化の文脈」の強調と対照的)。
 ↓
クーン:論理実証主義者からは経験主義を脅かすように見えたが、クーンの〔科学史的研究は〕はかえって経験主義的なロック命法に従っていた
 ↓
構成主義者:ラトゥール、ピカリング、シェイファース&シェイピンは、自然科学を対象に普遍者(種類(及びそれに対応する、観念・概念・カテゴリー・分類など))が実際にいかにして現実に存在するようになるのかを実際に調べた。これはジェイムズが提起したいくつかの「問題」(思想と事物の結びつき・知識と対象の関わり)に一種の回答を与えている。

・なぜこうした状況は自然科学を中心に起こり、道徳や人間行動に関しては起こっていないのか? ―――
(1) 道徳に関する文化相対主義はポピュラーだが自然科学ではそうではなかった。
(2) 自然科学は個別の事実・真理について語ってきたが、英語圏の倫理学は「善そのもの」「正義そのもの」について語る傾向が強かった。厚い概念に注目した人もいたが、それが歴史的な産物とは考えていなかった(ウィリアムズ)。

・一方で、哲学とも歴史とも思われていないところで「道徳的」な探求は行われている。
 :「社会問題論」学派:人々の分類が発明されることで様々なことがひきおこされるメカニズムを探求
 :アジェンダ構築理論:「飲酒運転」が政治課題となる過程を研究(ガスフィールド)
・これらは<人間行動の種類>に関する半ば歴史的と言ってよい研究であり、歴史主義的かつ哲学的問題につながる:「飲酒運転についての考え方は一定の条件のもとで形成されるが、その考えが持つ論理的関係や道徳的含意は、そうした形成の条件によってどのように決定づけられるのか?」 = 「概念の起源という観点から行われる哲学的分析」

哲学的分析と現在の歴史

・ある概念とは何であるかを把握しようとする哲学的分析は、それが置かれているより大きな場所(制度・権威・言語)の中で経てきた歴史を見る必要がある。ハッキング自身は道徳の方では<児童虐待>をとりあげたてこうした歴史を見てみた。
・「それが哲学・倫理学と関係あるんです?」―――
(1)絶対的不正という「絶対的価値」が構成される実例となっており、これを倫理的相対性の例として使える。
(2)児童虐待の概念それ自体が分析と理解を必要とする重要な厚い道徳概念だ。
・児童虐待は、内在的には道徳的問題を含むが、外在的にはメタ道徳的な問題であり、価値評価自体について反省するために用いられうる。この種の反省を行うためには、概念の起源を「調べてみる」(ロック命法)しかない。
――「われわれの現在の考え方はいかにして作られているか、その概念を形成した条件は現在のわれわれのものの見方をどのように制約しているかの歴史」=「現在の歴史」による概念の分析。こうした研究のモデルとして、ミシェル・フーコーの諸著作。

【お題´】……こっちの「新しい歴史主義」は問題解決とどうかかわるか?
【答え´】
□問題の起源を理解すると問題が消えるというわけではない。
□問題があることが分かっていたことについて、何故それらの事柄に問題があるのかを示すことができる
■道徳的な概念を外在的にメタ倫理学的に研究する中で、それにまつわる倫理的決定に影響を与えたい願望が出てくるかもしれない。これは問題解決(「分析」)ではなく、内在的に道徳的な「行為」へ向かうことである。