えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

理論とシミュレーションの使い分け 唐沢 (2017)

なぜ心を読みすぎるのか: みきわめと対人関係の心理学

なぜ心を読みすぎるのか: みきわめと対人関係の心理学

  • 他人の心的状態を推論するしかたには、「理論説」と「シミュレーション説」の二つがある。それぞれの特徴を見ていこう。
    • ここでは二つの方略を場合に応じて使い分けられるものと考える。

【理論説】

  • 私たちは他人の心について素朴な理論(「フォーク・サイコロジー」)を持っており、この理論によって他人の心を推論している。
    • 特定の社会的カテゴリーに関する素朴な理論が「ステレオタイプ」とよばれる。
  • 理論説的な推論では行動の解釈が理論に合致する方向にゆがみがち。
    • だがバイアスは必ずしも悪いものではない。理論の当てはめにより、情報の効率的処理が可能になる。
      • 限られた資源を用いて、複雑な環境に対してまあまあ妥当な理解をする「認知的節約家」としての人間

【シミュレーション説】

  • 自分自身の心的状態を参照することで他人の心的状態を推論する。
    • この理解方法は発達的に言って基本的である。
      • 子供は、他人が自分と違うことを考えていると理解できない。
    • こうした理解の名残は大人でも見られる(Davis et al., 2004)。
      • 被験者は次の4条件のどれかの下で、ある人物のビデオを見る
        • (1)登場人物の心的状態を推論するよう教示される
        • (2)自分だったらどう感じるか考えるよう教示される
        • (3)登場人物が何をしているかに注目するよう教示される
        • (4)教示無し
      • その後、別の課題として文章完成問題を解く。この課題でどのような代名詞が選ばれがちかが検討される。ビデオ視聴時に自己概念が活性化していれば、一人称代名詞を選びやすくなる。
        • 結果、3と比べて124で一人称代名詞が多かった
    • = 相手が何を考えるかを考える時(1)、自分が何を考えるかを考えている時(2)と同じくらい、自己への参照が怒っている。また、特に何も言われなくても(3)自己を参照して他者の心的状態の推論をしている。
  • しかし私たちは、実際以上に他人が自分と似ていると考えやすい。
    • 「係留と不十分な調節」:ある値を推定するにあたり、まず既知の値を基準とし(係留)、調節をかけて真値に近づく。ここで調節が不十分だと、推定値が係留点に引きずられ、バイアスが生じる。
      • この考え方は、素早く自動的な過程をゆっくりで制御的な過程で訂正するというモデルで考えられている全ての心的過程に適用できる(例:ギルバートの三段階モデル)
    • 調整が不十分になるのは「自分に関する情報の多くは自分しか知らない」ことが考慮されにくいから(Chambers et al., 2008)
      • 被験者はダーツを2ゲーム行うが、評定者は2回目だけをみて被験者の力量を評価する。ここで被験者は、自分がどのように評価されるかを推測するのだが、その推測値とよく相関するのは、2回目の成績ではなくて、「1回目比べたときの2回目の改善度」という評定者に知りえない情報である。
  • 相手が自分と似ている場合にはシミュレーション、そうでない場合には理論が使われやすい
    • 自分と相手の類似点を記述したあと相手の価値観や動機についての評定を行なうと、自分と似ていると評定される一方、相違点を記述したあとではステレオタイプ的判断が多くなる(Ames 2005)
  • 他者の心を「どのくらい正確に」読めるかに関する研究は少ない。
    • 適応の観点からは、対人認知は十分正確だと考えられるが、正確さと適応の関係は単純ではない。
        • 正確な認知は鬱などの不適応な徴候と連合している(Taylor & Brown 1988)
        • 実験上でパートナーの考えをよく理解しているカップルの方が、そうでないカップルより別れやすい(Simpson, Ickes & Blackstone 1995)
    • 相手と自分が似ていても認知が正確になるわけではない。
      • 結婚や出産などについて他人が語る映像を見て、そのイベントの経験者/未経験者の被験者がインタビュイーの思考や感情を推論する。すると、インタビュイー本人が報告した思考と比較して、経験者の方がそれをより正確に理解しているということはない(Hodges et al. 2010)。
        • ただし、被験者がインタビュイーにあてた「手紙」を読んだインタビュイーは、経験者のほうが自分を理解してくれていると感じる
  • 対人認知の研究はどうしても他人を責めるという点を強調しがちだが、他人に理解されるということが対人関係を促進する点にも注目すべき