- 作者: 唐沢かおり
- 出版社/メーカー: 東京大学出版会
- 発売日: 2017/07/27
- メディア: 単行本
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- 唐沢かおり (2017). 『なぜ心を読みすぎるのか』(東京大学出版会)
- 第1章 対人認知を考える視点
- 第2章 性格特性から見る評価の役割
- 第3章 行動の原因としての心
- 第4章 心の推論方略
- 第5章 人間としてみる
- 第6章 道徳性の根拠としての心 ←いまここ
- 第7章 互いにみきわめあう私たち ←いまここ
第6章 道徳性の根拠としての心
- 前章では、人間は心のありかたという点で動物やモノと区別されることを見てきた。
- だが、動物やモノにも心(に近い何か)が感じられることがある。
- 一般に、心の認知にはどのような構造があるのだろうか?
- また、そうした構造は道徳判断とどう関係するか?
- だが、動物やモノにも心(に近い何か)が感じられることがある。
【Gray et al., 2007】
- ロボットや動物、死者などを含む13の対象について、それらが様々な心的機能をどの程度もつか、および、それらに対して自分がどのような道徳的態度を評定させる。
- 分析の結果、心の認知には次の二次元の構造があることがわかった。
- 「行為性」(Agency):自己統制力、道徳性、記憶、感情の認知、計画、コミュニケーション、思考…
- 「経験性」(Experience):飢え、恐怖、痛み、喜び、怒り、欲求、プライド、喜び……
- 行為性は「行なう心」、経験性は「感じる心」だと言える
- また、行為性の高いほど責任や非難の程度が高くなり、経験性が高いほど保護・配慮の程度が高くなる
- この結果と、道徳的シナリオは通常主体と客体で構成されることから、グレイらは以下の説を提唱している。
【モラル・タイプキャスティング(道徳的役割の適用)(Gray and Wegner 2009)】
- 背反的知覚:行為性/経験性が高いと認知された対象には、主体/客体としての地位が付与されやすい一方、客体/主体としての地位が付与されにくくなり、経験性/行為性が低いと認知される。
- 顕著に善い/悪い道徳性を持つ対象は、行為性が高く経験性が低く認知される。こうした人物はたとえば「痛みを感じにくい」と認知され、痛みを複数の対象間で分配しなければならない課題において、多くの痛みを分配される(道徳的に善い対象でもそうなる)。
- 2者関係への適用:行為性/経験性が高い対象とペアにされた対象は、経験性/行為性が高いと認知される。なおこのことは、2者の間に直接的な道徳的関係が無くても生じる。
- 全く同じ属性を持つ人物が、どのような人物と同時に提示されるかに応じて、行為性/経験性について異なる評価を受ける。
- ロボットや死体など心が無いはずの対象も、それが加害行為を受けている場合、経験性が高く評定される(Ward et al., 2013)
- 国旗を燃やす、安楽死などの被害者が曖昧な行為について、それが道徳的に悪いと判断した人は、何らかの被害者が存在すると判断しがち(被害者の補完)(DeSciolo et al., 2012)
- 原因不明の現象で道徳的に深刻な帰結が生じた場合、原因が神に求められがち(加害者の補完)(Gray & Wegner 2010)
- モラル・タイプキャスティングの合理性
- 被害者の認知から加害者を探すことは、危険回避のために重要
- 加害者の認知から被害者を探すことは、被害の詳細を見定め、被害者に配慮することで社会全体の福利を上げることに寄与する
- 哲学では、道徳的配慮の基盤となるのは感情だとする考え方(ヒューム)と理性だとする考え方(カント)の対立がある。
- 本章で示した実証的知見によれば、一方で経験性の認知が配慮の多寡につながると共に、他方で行為性の認知が道徳的基準の期待の高低に繋がる
- → 道徳判断は理性と感情それぞれの認知に基づいている。
- 最近では、行為性の認知も配慮につながるという議論もある(「2要因説」)(Sytsma & Machery 2012)。
- 理性と感情、行為性と経験性を対立的に捉えない視点の必要性
- 本章で示した実証的知見によれば、一方で経験性の認知が配慮の多寡につながると共に、他方で行為性の認知が道徳的基準の期待の高低に繋がる
第7章 互いにみきわめあう私たち
- 本書では対人認知を、他者の心を「理解」するだけでなく「評価」するプロセス、「心を読む」だけでなく「他者をみきわめる」プロセスだと捉えてきた。
- 「みきわめ」には、一方では、他人を裁くという側面がある(「しろうと裁判官」(Weiner 2006))
- だが他方で、「みきわめ」には、他人の善さを積極的に評価したり、他人に共感的になるといった側面もあった
- また「みきわめ」は、判断者を第三者の立場におくものではない。みきわめは判断者自身にも影響を与える。
- 対人認知は、経験をより「強い」ものとする
- 内的特性に原因が帰属された行動は記憶に残りやすい(唐沢 1988)
- 内的特性に原因が帰属されたポジティヴ/ネガティヴな行動は、より強い感情経験をもたらす(Karasawa 1992)
- 痛みが意図的に与えられたと認知されると、その痛みはより強く感じられる(Gray & Wegner 2008)
- また、「みきわめる」人は同時に「みきわめられる」存在でもある
- 自分を受容してくれるものとして他人を理解することは、自尊心や精神的健康に繋がる
- 自分を裁くものとして他人を理解することで、道徳にかなった判断や振る舞いが増加する。
- 他者の目が存在しているだけで、経済ゲームや実生活において協力的行動が増える(Burnham & Hare 2007; Haley & Fessler 2005)
- 実験室に幽霊が出るという噂を流すと、課題中のカンニングが減る(Bering et al., 2005)
- 神や霊などの語を含む文章完成課題を行なわせると、経済ゲームでの行動がより協力的になる(Schariff & Norenzayan 2007)
- 対人認知は、経験をより「強い」ものとする
- 対人認知は相互的なものであり、それが(完全にではないにせよ)道徳的なコミュニティを成立させている。