えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

機能の様相説と目的意味論 Nanay (2014)

http://www.journals.uchicago.edu/doi/abs/10.1086/677684

  • Nanay, B. (2014). Teleosemantics without etiology. Philosophy of Science, 81 (5), 798−810.

1. 心の生物学化

  • 心的状態とその志向的対象との関係は、ふつうの科学理論の被説明項にはない特徴がある。このために、心的内容の「自然主義的」理論を構築するのは難しいと思われる。
    • (1)志向対象は非存在でありうる;(2)この関係は因果関係ではない
  • まさにこうした課題に取り組むのが、目的意味論である。
    • 目的意味論は一つの理論ではなく、一つのリサーチプログラムである。その核は、表象を生物学的機能+表示だと理解する点にある。

(T)Xを表象するとは、Xを表示する(ないしXの情報を運ぶ)生物学的機能を持つことである。

  • このうち、本稿では生物学的機能の方を扱う。
    • 目的意味論において問題となる生物学的機能は起源論的なものだと広く理解されている。だがこの理解には問題があるため、別の機能理解を採用し、かつ、目的意味論の範囲を制限したほうがよい。

2. 起源論つきの目的意味論

  • 機能の起源論的説明:有機体Oの形質Tが機能Fを持つのは、TがFすることがOの祖先の適応度に貢献してきた場合である。
    • こうした説明には、機能不全の可能性を容易に説明できるというメリットがある。
  • 機能の起源論的な説明を目的意味論の核に組み込むと……

(起源論的T)有機体Oの心的状態MがXが表象するのは、まさに、MがXを表示することがOの祖先の適応度に貢献してきた場合である。

  • ところが、目的意味論に対する古典的な反論(例:スワンプマン)の多くは、目的意味論がまさに機能の起源論的な説明を組み込むことから生まれてくる。
    • そこで、もし生物学的機能にかんして起源論的でない説明を与えられるなら、スワンプマンのような問題は霧消する。
      • そこで以下では、まず起源論的機能を捨てるべき独立の理由を提示し、次に機能に関する異なる説明を提示する。

3. 生物学的機能の起源論的説明の問題:形質タイプの個別化

  • 起源論的理論によると、目下機能を定義しようとしている形質(トークン)と、過去に選択されてきた形質(トークン)は、同じタイプのものでなくてはならない。
    • つまり、機能の定義以前に、形質タイプの個別化が可能だと前提されている。
  • だが起源論的理論は、循環に巻き込まれずに形質タイプを個別化することができないという大きな問題がある。
    • 「多くの生物学的カテゴリーは機能的語彙によってのみ定義可能」(Neander 1991b)である。形質タイプの個別化は機能を前提にしている。
      • 例:あれやこれやそれが心臓なのは、それらが血液を押し出すという機能を持つからだ。
    • しかし、起源論的理論によれば、先に形質タイプの個別化がなされていなければ機能を定義することができない。

4. 生物学的機能の様相説

  • 前節の問題を回避するには、機能の定義にあたって形質タイプに訴えないという方法しか残されていないように見える。
    • ある形質トークンのもつ機能を、その形質トークンの性質の観点から定義すべき。
      • だがそうすると、機能不全を説明しにくくなる。
  • 形質トークンが実際にすることと機能をどうやって区別するのか?
  • これらの制約を満たすためには、機能にかんする主張に様相的力を付与するしかない。
    • 基本的発想:x(トークン)の機能がFなのは、まさに次の場合である。もしxがFしたならば、それはxをもつ有機体の適応度に寄与する。
  • 反実仮想については(何でもいいのだが)ルイスの理論を採用する。
    • tにおいて、有機体Oのもつ形質xの機能がFであるのは、まさに次の場合である。「tにおいてOがFし、それがOの包括的適応度に寄与している」いくつかの「比較的近い」可能世界(現実世界を除く)が、「tにおいてOがFしたが、それがOの包括的適応度に寄与していない」可能世界よりも、現実世界に近い。
      • ルイスの理論は単純であり、機能帰属が説明の文脈に依存することをうまくとらえている(どの可能世界が「比較的近い」のかは説明の文脈に依存する)。
    • 様相説における機能不全:現実世界においてxはFしていないが、「比較的近い」可能世界でxがFすることが有機体の適応度に貢献している。
  • 様相説は起源論的説明の難点を回避できる。
    • スワンプマン:もしスワンプマンの心臓が血液を送るなら、それはスワンプマンの包括的適応度に寄与する。従ってスワンプマンの心臓も機能を持つ。
    • 個別化の問題:ある形質トークンの持つ機能を、そのトークンが属する形質タイプではなく、そのトークン自身のもつ〔様相的〕性質の観点から定義している。

5. 目的意味論の範囲

  • 機能の様相説を目的意味論の核に組み込むと……

(様相的T)有機体Oの心的状態MがXを表象するのは、まさに次の場合である。「MがXにかんする情報を担っており、そのことがOの包括的適応度に寄与している」いくつかの「比較的近い」可能世界(現実世界を除く)が、「MがXにかんする情報を担っているが、そのことはOの包括的適応度に寄与していない」可能世界よりも、現実世界に近い。

  • 残された問題は、Mとは何なのかを特定すること。
    • =目的意味論で説明される心的状態の範囲を特定すること
  • 心的内容の自然主義的説明は「慎ましい」ものと「慎ましくない」ものに分けられる(Godfrey-Smith 1996)。ここで提起するのは慎ましいものである。
    • 慎ましくない理論:自然主義的観点から表象に関する完全に一般的な分析を行う
    • 慎ましい理論:最も基本的な表象能力についてだけ、自然主義的説明を与える。
      • 慎ましくない目的意味論に対する反例として、明らかに誰の適応度にも寄与しない信念や思考の存在(例:スマホとガラケーの違いに関する信念)が挙げられてきた。慎ましい理論を採れば、信念や思考は目的意味論の説明範囲外だと応答できる。
  • 目的意味論が説明する心的状態は「実用表象」(pragmatic representation)だ。
    • 具体例:コップを掴むという行為のためには、コップは一定の空間的位置、サイズ、重さをもつものとして表象されていなくてはならない。これらの性質を「行為性質」と呼ぶとして、行為性質を対象に帰するような表象が実用表象である。
    • その特徴:
      • 感覚入力と運動出力を直接媒介する
      • 行為の直接的な先行者であり、行為を(行動ではなく)行為たらしめる
      • 内容を持つが、命題的とは限らない
      • 「行為内意図」(Searle 1983)、「目標状態表象」(Millikan 2004)。「行為指向の表象」(Clark 1997)などと同義
      • 系統発生的にも発達的にも基本的(動物や幼児でも持てる)
    • 実用表象は行為の成功裏の遂行に直接的にかかわっているため、あきらかな淘汰圧がある。このために、目的意味論の説明対象として適格である。
  • 理論が慎ましいことを様相的な目的意味論の図式に組み入れると……

(慎ましい様相的T)有機体Oの実用表象Mが行為性質Xを表象するのは、まさに次の場合である。「MがXにかんする情報を担っており、そのことがOの包括的適応度に寄与している」いくつかの「比較的近い」可能世界(現実世界を除く)が、「MがXにかんする情報を担っているが、そのことはOの包括的適応度に寄与していない」可能世界よりも、現実世界に近い。

  • この種の目的意味論は、機能の不確定性の問題にも答えることができる。
    • 心的状態には確定した内容があるはずだが、機能という概念でどうやって不確定性を取り除けるのか全く明らかではない。
      • 例:カエルがハエを捉える事例にかんする膨大な提案
    • だが実用表象は、産出と消費どちらの観点から言っても、行為性質を表示する機能を持つと言うことができる。

6. 愚かな行為問題

  • 愚かな行為問題:(慎ましい様相的T)によれば、実用表象が行為性質(行為の成功を確率を上昇させる性質)を表象する機能をもつのは、その表象がその情報を運ぶならば有機体の適応度に寄与するからだ。だが、行動の成功は有機体の適応度に寄与するとは限らない。このため、(慎ましい様相的T)は維持可能な立場ではない。
    • 例:毒の入ったコップを飲んでしまう。飛んできた爆弾をキャッチしてしまう。
  • だが、これは本当は反例ではない。
    • (慎ましい様相的T)によれば、機能を固定にかかわるのはこの世界ではなく近隣の可能世界である。そして上記の例のような場合でも、何らかの近隣の可能世界では、行為性質に関する情報を運ぶことが適応度に寄与している。従って、(この世界の)実用表象は、行為性質を表象する機能を問題なく持てる。

7. 結論

  • 本稿で展開した立場は非常に慎ましいものだ。だが、実用表象の内容を目的意味論で処理できるというのは、少なくともよい出発点だと言える。