- 榎本恵美子 (2013) 『天才カルダーノの肖像』 (勁草書房)
- 第五章 カルダーノと夢解釈
カルダーノは予知夢をみる能力を自分の特殊能力のひとつと考えていました。自叙伝『わが人生の書』の中にも夢に関する記述がたくさんあります。本章の前半では、どれも興味深いいくつかの夢とカルダーノ自身による解釈が紹介・解説されます。
そうした夢解釈にどのような背景があるのかを明らかにするのが後半です。夢はその媒体である精気の運動によって形成されるのですが、食物の消化による蒸気や激しい感情が精気をかき乱す時には理解できない夢が生じます。一方、予言夢が生じるのは精気が天体の影響をうけた場合で、この影響力によって霊魂の中には適切な「形象」がつくられるのです。形象のありかたは、天体の配置の強さ、表現されるものの珍しさ、霊魂の中の像の豊富さとそのかたちによって決まるとされ、いずれかが不十分な場合には夢の「解釈」が必要になります。
それでは解釈はどのように行えばいいのか。ここでカルダーノは、夢解釈には原理がないと認めます。理由は2つ。まず、夢と出来事に絶対的なつながりがあるとすると自由意志と両立しないから。次に、夢に見ることのありうる事物は無数だから。そこで、よい解釈家であるためには類似を見抜くための生まれつきの直観的な力が必要になります。
しかし生来の能力があっても解釈は容易ではありません。カルダーノ自身ひとつの夢の意味について、事実と照応させながら何十年も考え抜いています。こうした夢解釈の作業がカルダーノ本人にとって持った意味とは何だったか。最後にこう問うた著者は、それは災難続きの人生における「癒し」ではなかったかと示唆します。たとえば夢は息子の刑死という災いを予言しますが、その苦しみを乗り切った後には、自身最大の望みであった死後の生ーーすなわち著作が読み続けられることによる「名前の不滅」が告げられるのですから。