- Woodard, Christopher (2016). Hybrid Theories. In G. Fletcher (ed.), Routledge Handbook of Philosophy of Well-Being, pp. 161–74.
ハイブリッド理論とは
- 福利(well-being)のハイブリッド理論とは、複数の福利理論の要素を組み合わせた理論である。
- 通常この語は、「主観的要素」と「客観的要素」を組み合わせた(主観/客観ハイブリッド)、次のような説を意味することが多い。
【連帯必要説】......主観/客観ハイブリッドの代表例
- 【連帯必要説】(joint necessity view): 福利は、(a)主観的条件と(b)客観的条件の両方が一緒に満たされていることに存する
- Kagan 2009: (b)客観的に良いものをもち、(a)それを楽しむ
- Adams 1999: (b)卓越したものを(a)享受(enjoy)する
- Kraut 1994: (b)愛するに値するものを(a)愛する
- Raz 1986: (b)追求する価値があるものを(a)成功裡に追求する
- (a)と(b)の間にどのような関係が必要かによって、各説は更に複雑化しうる
その他のハイブリッド理論
- しかし、主観/客観ハイブリッド以外のハイブリッド理論も色々ありうる。
- 【主観/主観ハイブリッド】
- Hawkins 2010: ポジティヴな情動状態と選好充足の両方が必要
- 【客観/客観ハイブリッド】
- 例:福利は、「有徳な」「友情」に存する
- 【主観/主観ハイブリッド】
【連帯必要説】への反論
- 反論:制約が強すぎる:一方の条件は不必要なのでは?
- 価値のないものに向けられていても、快楽はやはり福利に影響するのでは?(Delanery 2018)
- 当人が楽しんでいないとしても、客観的に良いものはやはり福利に影響するのでは?(Sarch 2012)
- Launiger (2013), Hooker (2015)......
- 【連帯必要説】の派生元となる親理論の側から見ると、【連帯必要説】の2条件のうち片方は必ず不必要に見えてしまう。
- 個別に反論に対応することもできるが、【連帯必要説】以外の形式のハイブリッド理論に注目する価値もある。
全体論
- ハイブリッド理論は、全体論的である点で、多元主義的理論(pluralist theory)とは区別される
- 多元主義の場合、たとえば、価値あるものを持つこととその享受とは、互いに独立に福利に貢献する
- 他方でハイブリッド理論では、一方がどれだけ福利に貢献するかは、他方がどの程度存在しているかに依存する(Kagan 2009)
- =全体論(Parfit 1987, pp. 501–2)
- ただし【連帯必要説】の場合、一方の要素が存在しなければ、他方の要素は福利に全く貢献しない
- この特徴により、上で見た反論が出てきてしまう
- だがこの特徴はあくまで【連帯必要説】のものであり、全体論から帰結するものではない。
全体論的なハイブリッド説の別例
- 【増幅説】
- 例:享受はそれ自体で福利に貢献する。その貢献分は、享受されるものに価値があるほど増幅する。
- 例:友情はそれ自体で福利に貢献する。その貢献分は、友情が有徳なものであるほど増幅する。
- こうした形式のハイブリッド説はより柔軟であり、【連帯必要説】への反論をかわせる(Sarch 2012)
今後の課題
- 【連帯必要説】の課題
- 主観的条件・客観的条件とは具体的に何なのか。またそれらの間の適切な関係は何か。
- 様々な形態のハイブリッドの可能性
- 主観/客観ハイブリッドだけでなく、主観/主観ハイブリッド、客観/客観ハイブリッド、また2条件以上のハイブリッドについて更に論じられるべき
- 【連帯必要】構造を持たない理論の可能性
- 多元主義からハイブリッド説を区別するのは全体論であり、複数の条件が【連帯で必要】という点ではない。複数条件間の別の関係も更に検討されるべき(Kagan 2009, pp. 264–70; Sarch 2012)。
- 悪い生
- 福利をめぐる議論では、悪い生は良い生の単なる鏡写しだと考えられがちである(Kagan 2014)。だがこの点についてもハイブリッドな視点からの検討は少ない(Kagan 2009)。
まとめ
- ハイブリッド理論には、互いに非常に異なる様々な形式がありうる。
- 今後は「ハイブリッド理論」全体としてではなく、個別の理論に注目して議論を進めたほうが良いかもしれない。