えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

研究はリスクが相対的に低くても厳しく規制すべきである(研究例外論: Research Exceptionalism) Wilson & Hunter (2010)

https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/15265161.2010.482630

  • James Wilson & David Hunter (2010). Research Exceptionalism. American Journal of Bioethics. 10(8), 45–54.

 科学研究にはリスクがつきものであり、それに対処すべく規制の体制が様々に整えられてきた。しかし、研究以外のリスクある活動と比較した時、研究に対する規制はかなり厳しいものになっている。例えば、報道機関によるインタビュー、リアリティショー、危険なスポーツ、政府の行動などは、大きなリスク伴うにもかかわらず、研究ほど厳しくは規制されていない。
 
 この乖離について、「研究はリスクが相対的に高くない場合でも厳しい規制に値する」とする見解を、「研究例外論」(Research Exceptionalism)と呼ぼう。研究例外論を支持するこれまでの議論には主に6種類のものがある。しかしそれらはどれもうまくいっていない。

  • (1) 実践的問題
    • 主張:各種宣言やジャーナル、ファンドなどが現に研究に対する規制を求めている
    • 問題点:現状の規制は不当かもしれない
  • (2) 濫用の歴史
    • 主張:ナチスの医学研究からより目立たないものまで、研究は濫用されてきた歴史がある
    • 問題点:濫用は研究固有の問題ではない / 規制によって濫用が防げるとは限らない
  • (3) 参加者への危害
    • 主張:研究は参加者にとってリスクが非常に高い場合がある
    • 問題点:研究固有の問題ではない
  • (4) 研究手続きの難解さ
    • 主張:研究の場合、参加者はリスクをきちんと理解しないまま参加している公算が高い
    • 問題点:研究固有の問題ではない(例えば多くの公的書類の細則は研究の説明同様難解である)
  • (5) 不当な勧誘(undue inducement)
    • 主張:研究参加の報酬が、参加者の合理的判断を妨げうる
    • 問題点:勧誘が非倫理的か否かは不明瞭である / 研究固有の問題ではない
  • (6) 搾取
    • 主張:研究参加の報酬は、搾取的でありうる(Ashcroft 2001)
    • 問題点:研究固有の問題ではない


こうした既存の議論に比べ、次の3つの議論はより説得的に研究例外論を正当化すると考えられる。

  • (a) リスクを背負う当人に利益がない

 研究の目的は知識を得ることであって、参加者を益することではない。つまりここでは、リスクを背負う人と利益を得る人が異なっている。加えて、研究手続きの難解さにより、参加者はリスクを十分コントロールできていないと考えられる。この2要因のコンビネーションは、研究固有とまでは言えないが、研究の十分特徴的な性質であり、研究例外論を正当化する少なくとも部分的な根拠になるだろう。

  • (b) 公的信頼

 研究は人々の信頼のもとに成り立っており、特に金銭・人的資源の点で大きく負っている。研究への規制は、少なくとも顕著な研究濫用を防ぎ、また問題が発生した際に修復的役割を果たすことで、研究への公的信頼を促進するだろう。

  • (c) 倫理的判断の複雑性

 研究者には研究者の職業倫理があり、研究参加者に対する義務がある。しかしそれがどのようなものかを決定するのは、2重に複雑である。まず、研究の根本的な特徴の一つは不確実性であり、研究がもたらしうる利益・危害の可能性をあらかじめ評価することは難しい。さらに、多種多様な倫理的価値に気づきまた重みづけるのも容易なことではない。すると、研究者が職業倫理を果たすためには、倫理委員会のような専門家集団が媒介となる必要がある。