- アイスキュロス『縛られたプロメーテウス』 伊藤照夫訳 『ギリシア悲劇全集2 アイスキュロス II』、岩波書店、一九九〇年
プロメテウスが人間に対して火をはじめとした様々な技術を伝えたことはよく知られています。そうした技術の中には、星々の位置から季節を知るためのもの(450)や様々な占いの技(480-500)など、未来の予見に明確にかかわるものが含まれている。もちろん、あらゆる技術は予見の技術なので、プロメテウスは技術とともに予見の力を人間に与えたと端的に言うこともできます。
しかしその一方でプロメテウスは、人間から予見の力を奪い取ったものとしても語られています(240-250: 一部私訳)。
合唱隊 今のお話のほかにも何かなさったのですか。
プロメーテウス 人間たちに自らの運命を予知できないようにした。
合唱隊 あの病気にどんな薬を思いつかれましたか。
プロメーテウス 人間どもに盲目の希望〔エルピス〕を植えつけてやったのだ。
合唱隊 それはまた人間たちにずいぶんためになるものをお与えでした。
プロメーテウス さらにその上おれは火を授けてやった。
合唱隊 それではあの者たちは、いまは輝く火を持っているのですね。
プロメーテウス そうだ、そして火からあまたの技術を学びとっていくであろう。
人間は自らの運命について、的外れな期待しか抱けなくなった。そしてそれは「人間のためになること」なのだ、と悲劇作家は語っています。予見の力が悪であるという認識は古代ギリシアではおなじみのものです。『仕事と日』では、予見の力はパンドラの壺の中に入れられており、それはかろうじて世界に飛び出すことはなかったのでした。
こうして私たちには、予見する能と無能というふたつの恩恵が与えられました。予見する能と無能、知と運命は拮抗するものでありつつも共に恩恵であり、そのなかに悲劇作家は人間を位置付けています。しかしながら、ひとつめの恩恵はふたつめの恩恵を覆い隠していったようにも思われます。さながら火がすべてを焼くように。
それでは、本年もよろしくお願いします。