えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

心理学(psychologia)と霊魂の学(scientia de anima) Vidal (2011)

The Sciences of the Soul: The Early Modern Origins of Psychology

The Sciences of the Soul: The Early Modern Origins of Psychology

  • Vidal, F. (2011). The Sciences of the Soul: The Early Modern Origins of Psychology. Translated by B. Saskia. Chicago and London: The University of Chicago Press.
  • 2. “Psychology” in the Sixteen Century: A Project in the Making?
      • pp. 21−37

 「心理学」(Psychologia)という語は、16世紀後半のプロテスタント・スコラ学者のあいだで生まれ広まった。当時のドイツプロテスタント大学では、二分法によって知識の主題を次々に分割するラムスの方法が広まっていた。そうして編成された知識の一部門に対する名前として、「心理学」という語は頻出する。ラムスの方法は教育ツールとして優れており、教科書や百科事典を通じて「心理学」という語は広まっていった。だが当時の知識の編成のなかで、霊魂の研究の位置には曖昧な部分があった。一方で霊魂の研究は、「霊魂の学」(scientia de anima)として、アリストテレスの『霊魂論』の注釈という性格を持っており、アリストテレスに従って、「霊魂の学」は自然学の下位区分とされた(たとえば、Rodrigo de Arrriga (1632))。そこで霊魂は能力と作用の観点から語られ、生理的なものとはっきりとは区別されていない。だが他方で、人間の非物質的で理性的な霊魂が問題となる場合、「霊魂の学」は自然学に収まらなかった。人間の魂はあらゆる物体より偉大だと考えられていたからだ。さらに、「霊魂の学」を自然学に含めるアリストテレスの分類では魂の不死を理性的に証明できないというポンポナッツィの見解を踏まえれば(Pomponazzi 1516)、魂の不死を論じるために形而上学的な視点が必要である。こうして心理学は、自然学と形而上学両方の下位区分とされていった。

 「心理学」(psychologia)という語をはじめて使ったのはクロアチアの人文主義者Marko Marulic (1450–1524) だとされているがこれは疑わしく、確実な「心理学」の用例は1570年代頃からあらわれる。16世紀当時、ギリシャ語をもとにしたラテン語の造語が急増していた。「心理学」もそうした新造語のひとつで、神学-自然学をめぐる議論のなかで宗教改革者たちによって使われるようになった。だが「心理学」という新語の登場は、霊魂についての新しい考え方の登場を意味しているのだろうか? 例えばポール・メンガルは、「心理学」が「身体学」(somatologia)と対比される点に注目し、ここで霊魂は神学の占有対象から経験科学の対象でありうるものに変化したと論じる(Mengal 1992)。だがキリスト教的アリストテレス主義の伝統のなかでは、「心理学」の登場以前から、霊魂は神学の専有物ではなく自然学の対象でもあった。結局、「心理学」は新たな経験的知識の領域を名指す名前ではなく、旧来の概念領域のなかで現れてきたと考えられる。それは、アリストテレス主義およびガレノス主義的な領域だった。

 知識の分類や大学の教科書に現れる「霊魂の学」と、実際の理論や学説のあり方を区別しなくてはならない。前者において新しい名前が登場したとしても、心理学的主題を扱う単一の分野はルネサンス期を通じて存在しなかった。当時、心理学的主題は神学、医学、論理学、道徳、生理学、哲学などに分散しており、これらの領域における霊魂の取り扱い方はアリストテレスの生命論を基盤としていた。アリストテレスは霊魂を生命一般の形相と考えており、『魂について』の主題となる様々な能力(感覚や記憶など)は霊魂と身体の双方に属するものだと考えられていた。そこで17世紀の終わりに至るまで、「霊魂の学」は心理-生理的なもの(心理-身体的なもの)でありつづけた。このうち生理学サイドは主にガレノスに依拠していた。

 とはいえアリストテレスは、比較的小規模ではあるものの、理性的霊魂の形而上学的性質についても論じている。ここから「霊魂の学」は結局、「心理-身体的」機能にかんする言説に加え、身体と合一している限りでの理性的霊魂や、身体から切り離された非物質的で不滅の実体としての霊魂についての言説を含むものとなった。そして、16-17世紀における「心理学」という語は、これらのどの領域でも指せるような語、実質的に「霊魂の学」と一致する語であった。このことは、Johann Thomas Freigius (1579) やJohann Ludwig Hawenreuter (1591)から伺うことができる。