えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

実験システム #とは Rheinberger (2011)

http://www.scielo.br/scielo.php?pid=S0100-60452011000100014&script=sci_arttext

  • Rheinberger, H-J. (2011). Consistency from the perspective of an experimental systems approach to the sciences and their epistemic objects. Manuscrito, 34(1):307-321.

  『思想』2015年2月号に掲載されていたハンス=イェルク・ラインベルガーの論文「科学者は未知の事柄をいかに研究するか」を読んでみたのですが、難しくて死亡しました。ですがラインベルガーさんと言えばデリダの独訳者でありエピステモロジーの思想を受け継ぐ高名な科学史家・科学哲学者、ぜひ押さえておきたいところです。そこでラインベルガーの基本概念、「実験システム」から理解すべくもうすこし初歩的なテキストを読んでみました。統制されていて反復可能なものでありながらも常に新しい知識を生み出していく科学の特徴を、物質世界にあって(あるからこそ)差異を伴いながら反復される「実験システム」という概念によって捉えようとしていることがわかりました。すごく・・・デリダです・・・。

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  18世紀、科学で「システム」といえばリンネのシステムのような理論的な「観念の体系」を指し、その根拠となるのは主に観察で、実験は補助的なものにすぎませんでした。しかし今日では事情は逆転しました。理論や概念は、実験を構成する一定のモノの配置にあわせなければならなくなったのです。この配置を20世紀の科学者はしばしば「システム」と呼んできました。筆者はこの語法を取り上げ、あるまとまり[coherence]とダイナミズムをもった経験的研究の単位となるいくつかのモノ的要素の組み合わせを「実験システム」[experimental system]と呼んできました(Rheinberger 1992)。その細部は、歴史的文脈によって特徴付けられる必要があります。
  実験システムは同時代的な技術的要素や有機体的要素の進入をうけるとともに、それ自身一定の期間持続するものです(このことは科学研究が一回の実験ではなく一連の実験に依拠する点を捉えます(pace Popper 1934))。実験システム概念により、研究プロセスを構成する互いに異質な側面(実験器具、測定装置、様々な準備、スキル、研究対象、それらが相互作用する空間……)をまとめて考えることが可能になります。科学を理論的概念の体系として見るのではなく、科学の「研究プロセス」を、様々なモノに媒介された知識生産のプロセスとして、描き出すのです。

  この論文では実験システムの様々な特徴のうち、技術と認識にかかわる4点がとりあげられています。

(1)実験システムは経験的探求の基本的かつ機能的な単位である

  実験システムにおいては、認識的関心の対象(=科学的対象)とその存在の条件となる技術的条件(=技術的対象)が絡み合っています。科学的対象は、既に確定しておりそこへ向けて探求が組織されるようなものではなく、「まだ精確にはわからない」という側面を持っています。その一方で技術的対象には一定の精度・厳密性が求められ、このことが科学的対象の曖昧さを一定以下にとどめています。個々の研究プロセスにおいては、以前の科学的対象が技術的対象となる一方で逆に技術的対象が再び探求対象になり、この弁証法が研究を先に進める駆動力となります。

(2)実験システムは再生産されるが、そのなかで分化していく(see. Derrida 199)

  この特徴のために、実験システムは新しい知識をうみだすものであり続けることができます。実験システムの、「驚き生成装置」(Hoagland 1990)「未来を生み出す機械」(Jacob 1987)としての機能です。差異を伴った再生産により実験システムは歴史性あるいは「それ自身の生命」(Hacking 1983)を獲得します。生まれ、育ち、増殖し、死にました。

(3)実験システムにおいて、知識のモノ的で意味をもつ担い手が生産される

  この担い手とは、実験システムのなかで生み出される「痕跡」としてあらわれ、後に「データ」として扱われます。痕跡のもつ意味は、その痕跡の登録・接続・排除・強化・支持・周縁化・置き換えなどが起こる一定の表象空間からあたえられます。表象装置は実験システムの技術的条件全体によってあたえられるので、実験における表象の理解には表象の手段や手続きの理解が重要になります。

(4)様々な実験システムの絡み合いと派生により、実験文化が成立する

  さまざまな絡み合いや派生がどのようなものになるかは、実験システム内でおこる予期せぬ出来事の結果によります。こうした出来事は、新しい表象技術の導入によってよく生じます。現代の実験科学は既存の学問分野の内部で動くのではなく、むしろ小さな研究ユニットが分野の境界を横断することが増えており、あるユニットの成功はすぐ波及し別の場所で新たな効果を生みますが、逆に失敗の方は必ずしも隣に影響しません。「実験文化」という概念はこうした特徴を捉え、分野の枠にとらわれない歴史記述を可能にします。

  またここでは割愛しますが、さらに現代の生命科学における実験システムに特徴的な以下の2点が取り上げられています。

  • (A)モデル生物の使用
  • (B)in vitroシステム

  19・20世紀の経験科学における知識生成は、ここで「実験システム」と特徴付けられた構造に規定されています。実験システムは知識を規則的かつ制御された形で生み出すものですが、パラドキシカルなことに私たちの予想を超えてそれを生み出すのです。様々な実験システムの比較検討が、研究プロセスの中で新しい知識がどう生まれるのかを理解する助けとなるでしょう。