えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

ケプラーの人文主義 Grafton (1991)

Defenders of the Text: The Traditions of Scholarship in an Age of Science, 1450-1800

Defenders of the Text: The Traditions of Scholarship in an Age of Science, 1450-1800

  • Grafton, A. (1991) Defenders of the Text: The Traditions of Scholarship in an Age of Science, 1450-1800 (Harvard University Press)

7. Humanism and Science in Rudoiphine Prague: Kepler in Context

【2015 8/21 大幅に更新】
ケプラーの人文主義者としての側面を提示するチャプターをよみました。
以下にあるのはその散文的なまとめと、元となったもう少し詳しめのメモです。
なお本書『テクストの擁護者たち』は勁草書房から邦訳が出版されました。要チェックです!
http://www.geocities.jp/bhermes001/bhsoshotony.html
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 近代科学革命を牽引した哲学者・科学者たちの批判によってなきものにされた知的伝統――このような旧来の「人文主義」理解を刷新し、その後世への影響を再評価しようとする一冊が、本書、アンソニー・グラフトン『テクストの擁護者たち』だ。中でもここでとりあげる7章は、近代天文学創始者の一、ヨハネス・ケプラーを主題としたものであり、後世の科学への影響という視点から本書を読む際にはその試金石となるだろう。もちろん、チュービンゲンの若きケプラーが人文主義者としての教育を受けたこと、警句的なラテン詩をものしたこと、17世紀の初頭の百科全書的な知の世界にふさわしい多種多様な関心をもっていたこと、これは話の枕に過ぎない。グラフトンの議論のポイントは、まさに「科学者としての」ケプラーの仕事、すなわち天文学と人文主義の接点に切り込んでいくところにある。接点は3カ所にある。「古典テクスト中の天文現象の解釈」、「年代学・占星術」、そして「天文学史」だ。

  まず「古典テクストの解釈」については、ケプラーが優れた解釈学的手法によって古典に描かれる天文現象を読み解いていくさまが記述されている。ここで用いられている一次資料は全て書簡である。それも、これまでの科学史家がケプラーの書簡の中でも「〔科学の進歩に〕「後向き」な人々を無視」してきたという批判から、ここではギリシャ哲学者(の依頼を受けた天文学者)やバイエルン公国の宰相との書簡に注目し、そしてそこから古典解釈をめぐる議論のやりとりを浮かび上がらせる手法は見事で、この第1の接点は3つの中でもっとも取り扱いが小さいものの、本章全体の中でも最も注目すべき部分に仕上がっている。

  つづいて、当時の天文学者なら誰もが関与した「年代学・占星術」に話題はうつる。そのなかでケプラーに独自な態度として指摘されるのが、「大会合の理論で未来を予測することは出来ない」という考えだ。そしてこの考えは、人間の意志の力や個人の努力の蓄積を重視する人文主義的な考え方の影響下にあるとグラフトンは論じる。またケプラーは、占星術を利用して過去の出来事を解釈した結果、合が生み出した世界の変動として、印刷術を代表とする近代技術の出現と文化の変革を見いだす。グラフトンは、印刷術のような「意思伝達の媒体」が文化変化に大きな影響を与えるというこの考え方が、人文主義者ヴァッラの見解と類似していることを指摘している。

  最後に「天文学史」だが、当時の天文学史は、古代の天文学がもっとも真理に近く、その後のものはどんどん劣化しているとされていた。これはルネサンス末期一般の風潮であり、「太古に啓示された真理は後には劣化する一方」という聖書に影響を受けた歴史観が存在していたのだ。一方でケプラーは、天文学は人々の努力により累積的に進歩しているという考えをもっていた。主に『ルドルフ表』の読解と図解きによって読者に示されるこの考えは、ピコ・デラ・ミランドラ『占星術論駁』の影響を受けたものであると論じられる。ここではケプラーの友人を含む同時代の知識人たちの一般的見解を背景として利用することで、ピコとケプラー、すなわち人文主義と「近代科学」の連続性を浮かび上がらせるという効果的なレトリックが用いられている。

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  • 1612年プラハ、ケプラーとザクセンの顧問官ゴルトアストが月の理解を巡って対決
    • 科学と人文主義という2つの世界観の衝突?
    • No。それは現代の学問区分に過去に当てはめてるだけ。文芸史家はケプラーを、科学史家はゴルトアストを無視するので過去理解に歪みが生じている
  • 両者の溝を埋める先行研究として……
    • 文芸共和国としてのプラハ(エヴァンズ『魔術の帝国』・カウフマン『綺想の帝国』)
    • ケプラーのラテン語詩の再評価(ゼック)
    • ケプラーによる古代の数学・天文学史再構成に注目(ジャルディン)
  • これらを受け、本章はケプラーを傑出した人文主義者として示す

人文主義

  • 教育的背景:チュービンゲンにおけるルネサンス末期の教養教育
    • 難解なレトリックや博識を好む人文主義者としての自己規定
  • 環境:17世紀初頭の神聖ローマ帝国、百科全書的な知の世界(キルヒャー)
    • 天文学から樽の計量に至るケプラーの広い関心と合致。
    • 様々な事物の構造を抽出し議論をラテン語のレトリックで包むケプラー(例:『新年の贈り物』)。
  • 以下ではとくにプラハ時代(1600-12)に着目し、天文学と人文主義の更なる接点を探る。
    • 〔a〕古典テクスト中の天文現象の解釈
    • 〔b〕古代の出来事の年代確定のために天文学の知識を動員(年代学)
    • 〔c〕古典資料(『アルマゲスト』等)への人文主義的分析(天文学史)
〔a 古典テクストの解釈〕
  • バイエルン公国宰相ヘルバルトはルカヌスの『内乱』におけるニギディウスの予言を実際の星位を示すものと解釈し、ケプラーに助言を求める。
    • ケプラーは天文学的計算ではなくテクストの熟練した精読により、ルカヌスの記述の誤り・虚構性やヘルバルトの年代推定の誤りを指摘
      • 天文学と解釈学の両方への通暁

〔b〕年代学

  • 若い頃からの年代学への関心。プラハ時代には年代学の権威であったスカリゲルの『年代校訂』が非太陰的暦をヘロドトスに帰すことへ批判
  • ケプラーの年代学への態度で斬新な点
    • (1)大会合は近未来の予測には役に立たない。年代学者は過去の探求だけすべき
    • (2)大会合の理論は既知の事実に規則性を押し付けるレトリックではなく、発見的役割を持つ
      • 1603年の大会合に先立つ過去2世紀の調査から、今回の合より重要な合が16世紀にいくつも起こっていたと主張。〔そこから翻って、〕この一世紀半に亘る印刷技術を代表とする近代的技術の出現と文化の変革を、それらの合の累積的効果と人間の共同作業による世界の変動〔として発見〕。
  • 印刷術という意思伝達の媒体が文化変化にとって持つ役割を重視している
    • 「ラテン語により意思伝達が容易になり、その結果起こった競争によって技芸が発達する」という人文主義者ヴァッラの考えと一致
  • 年代学者・占星術師でありながら星辰の役割を縮小し、人間の意志と個人の努力の蓄積を強調する人文主義的態度。

〔c〕天文学史

  • 当時、現行の天文学へ正当性を与えるものとして古典研究が行われる風潮があった
    • 天文学は時代が下るほど劣化していると考えられた(聖書からの影響)
  • これに対しケプラーは古代人達の研究法は原始的だったと主張
    • 『ルドルフ表』の天文学史には伝説の英雄などは登場しない。実在を確認できた紀元前三世紀のギリシャ人の記録からはじまる。
      • 天文学は原初的状況から現在の完成まで、不規則な歩みだが成長しているというメッセージ(扉絵はその視覚的表現)
      • ピコ・デラ・ミランドラ『占星術論駁』からの影響
  • 「天文学と占星術はそれほど古い由来のある血統ではない」
  • 『ルドルフ表』は単なる天文学の専門書ではない。真理は太古の啓示の中にあり、後は劣化する一方というルネサンス末期の風潮に対する批判。
  • 神聖ローマ帝国では科学と人文主義は分離独立していなかった。