- 作者: イアン・ハッキング,出口康夫,大西琢朗,渡辺一弘
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2012/12/27
- メディア: 単行本
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- ハッキング, I. (2002=2012) 『知の歴史学』 (出口他訳 岩波書店)
第2章 五つの寓話
第3章 哲学者のための二種類の「新しい歴史主義」
第12章 歴史家にとっての「スタイル」、哲学者にとっての「スタイル」 ←いまここ
- ※歴史の方によるより逐次的でないまとめがこちらのブログ(オシテオサレテ)にもあります。必見です!
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- ここでは、歴史学者と哲学者がそれぞれ異なる目的のために使うことが出来る分析ツールとして、「推論のスタイル」を提唱する。
- このアイデアは、クロムビーが科学の内容ではなく形式に着目すべく生み出した「科学的思考のスタイル」に負う。「思考」は議論や技術といった公共的側面を隠しがちだが、「推論;Reasoning」なら『純粋理性批判』を想起させる効果もある。カントは客観性の可能性の条件を研究したが、科学的理性が共同作業から生まれるとは考えなかった。しかし、「推論のスタイル」は公共的で、客観性のありかたを決定するものだ。
- 1.クロムビーは「思考のスタイル」の具体例を6つ提示している
(a)ギリシャの数理科学を模範とする、「仮定〔公理・公準〕をおく」という単純明快な方法
(b)仮定を制御し、その結果を観察と測定によって調査するための実験の実施
(c)直接測定できない対象のメカニズムをそれと類比的な模型を構成して解明する、仮説的モデリング
(d)多様なものの比較と分類による秩序づけ
(e)集団の規則性についての統計的分析、および確率の計算
(f)対象の遺伝的な発展プロセスを、ある起源からの歴史的な派生として再構成する方法
- 哲学者として現在を重視する観点からはこのリストに修正を加えたい。例えば次の個別例についてハッキングは異なる見解を持つ。
(1)古代ギリシャの数学には(a)ではなく「証明」が見て取れる
(2)(b)と(c)は結合して「(bc) 実験室スタイル」を生み出した。これは(c)仮説モデルの真偽を確かめるために必要な現象を(b)実験装置を組み立てて実際に作り出す。装置の作動に関するモデルが元のモデルと組み合わされる(空気の圧力を調べるために空気ポンプを作るボイル)。
- しかしスタイルの個別化の仕方よりも、その利用法の点で両者は異なる(★)。クロムビーは、西洋科学全体の歴史的探求を行うためにスタイルを用いる。一方ハッキングは、「スタイルが自律性を獲得するプロセス」に着目する。
- 〔(A)〕客観性の規準を定めるスタイルは歴史的経緯の下で生み出されるが、〔(B)〕その規準は歴史的経緯からは独立して自律的に機能し続ける。
- 2.〔(A)〕客観性が生み出されるというのは、新しいスタイルは、新しいタイプの対象・証拠・文・法則などの「新奇物」を大量に導入するからだ。これが、ある推論方法がスタイルであるための規準である。新しい対象の導入にあたってはその存在を巡って論争がおこったりする(例:数学における抽象対象やタクサ)。そしてスタイルは文に真理値を与える方法を提供する。
- 3.〔以下(B)〕こうして実証性を与えられた文の真偽は、当のスタイルの使用に依存した形でしか提示できない。この自己保証的性格は、スタイルが個々の科学的知識よりかなり長期間反証されず存続すること(「科学の準安定性」)を説明する第一歩である。さらに進むためには、各々の推論のスタイルが具えている、自らを安定させる非常に異なったテクニックについて見て必要がある(see. Hacking 1991a, 1992a, 1995b)。
- ここまで 1.クロムビーの具体例 から、2.新奇物の導入、3.自己安定化による固有の仕方での存続、とスタイルの定義を〔深めてきた〕。しかし、ルネサンス期の寓意による推論やおそらく魔術は死に絶えたスタイルなのだが、自己安定化テクニックを持つスタイルが何故死に絶えてしまうのか? あるいはスタイルの交代やスタイルの一体化(例:ギリシャ数学の代数化)はなぜ起こるのか? ハッキングは、純粋に合理的/社会的説明を与えることは無理で、偶然によると考える方に傾いている。
- 自己安定化テクニックがうまく働くのは何故か。それは「人間と人間が自然の中で占めている位置」に関するありふれた偶然的事実による。この事実は何らかのスタイルによって探究される科学のトピックではない。前者は後者の可能性の条件である。
- 自己安定化テクニックについての詳細な研究を「哲学的テクノロジー」(テクニックに関わるので)と呼ぼう。(★→)スタイルの概念を携え比較歴史人間学を呼びかけたクロムビーとは大きく異なり、ハッキングはこの「哲学的テクノロジー」を呼びかけたい。
- 歴史家と哲学者は、西洋人が持つ客観性についての科学的な考え方とは何かという問題意識を共有している。これは第一批判の問いでもあった。この問いに答えるべく、完全な分業は成り立たないものの、歴史家は個々のスタイルがどういう社会条件の下で出現し繁栄したかを調べ、哲学者はスタイルがいかにして安定的知識をもたらすのか、それが歴史的起源から自由になり客観性の規準そのものになるかを研究する。