えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

19世紀末の神経研究 上田・杉山 (2003)

http://ci.nii.ac.jp/naid/110006439535

  • 上田理沙・杉山滋郎 (2003) 19世紀末の"神経インパルス" : その本性と研究方法, 『科学史研究』 第II期 42(226): 76-87

  19世紀末の神経科学の様子を報告した論文です。1897年、C.S.シェリントンは「神経インパルスの特徴を変える機会を提供するもの」として「シナプス」概念を導入しました。では「神経インパルス」とは何か? 当時には、中枢の興奮によって灰白質が酸性になったり温度が上昇するといった化学反応を根拠にした、「分子運動の波」かつ/または「化学反応の波」説(Mosso, Rolleston)や、表面張力との関連を唱える説(Lippmann, d'Arsonval)などがありました。
  しかし、測定方法に懐疑的だったシェリントンは本性の問題を棚上げし、あくまで感覚刺激と筋の反応の観察から神経の機能を探ります。すなわち、Wallerian Method(変性法:軸索を切断すると細胞体に連続していない部分が変性することから神経細胞の分布を探る)で得た解剖学的知見をもとに、ミオグラフ等のGraphic methodを活用した反射研究を行ったのです。そこで得られた<最終共通経路(運動神経)を共有する2種の反射において一方が他方を抑制する>という発見から、脊髄が運動神経に入る場の重要性が認識され、シナプスが想定されました。
  他方、本性の問題をやはり棚上げしつつも、Graphic Methodでは感覚刺激と筋の反応の間にある感覚神経・脊髄・運動神経をブラックボックス化してしまうという不満を持った研究者もいました。F. Gotch と V. Horsley です。そこで彼らは、神経や脊髄自体に電気刺激を与えかつそこで電気的変化を検出し、定量的に分析する、Electronical Method なる方法を考案します(ただしこの時にも、神経インパルスの本性が電気だと言うのではなく、ただ神経インパルスに付随する電気変化を検出しているのだと考えられました)。これにより、脊髄から運動神経に入る際に神経インパルスの値が著しく低下することが発見され、脊髄には「抵抗の大きい場」である field of conjuncture があると考えられました。さらに G & H は、運動神経から感覚神経へは興奮が伝わらないこと(今日の「シナプスにおける一方向性」を想わせる)、脊髄を通過する際の神経インパルスの伝導の遅れ(「シナプス遅延」を想わせる)を発見し、これらをfield of conjunctureに起因するものとしていました。シナプス提唱の6年前のことでした。