えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

性格帰属と性格の「グローバリズム」 Doris (2002)

Lack of Character: Personality and Moral Behavior

Lack of Character: Personality and Moral Behavior

傾向性

・性格の帰属は傾向性の帰属であり、次のような条件文と関連している。

  • もし人がある性格特性を持っているなら、その人はその特性に関連した誘発条件下で、特性関連行動を示す

・条件文は偽だが傾向性帰属は尤もらしい例を形而上学者はいろいろ考えている(e.g. masking problem)。しかし、目下の関心は「特性帰属を支配する証拠の基準」であり、上のような条件文で話は十分。

・徳は「知的な」傾向性であり、外的な行動だけでなく、情動・熟慮・決定のような内的プロセスのパターンも問題になる。ただし、行動が重要であることは否定できない。
・徳は関連する様々な状況で発揮される「ロバストな特性」であると考えられている(ヘクシスは「持続的で変化づらい」(cat. 8b25-9a9))。

性格とパーソナリティ

・心理学者の言う「パーソナリティ」と哲学者の言う「性格」はあきらかに似ている。

諸徳の分離不可能性

・諸徳の分離不可能性は日常的には間違っているように思われるが、この主張は2つの尤もらしい主張に動機づけられている。

  • (1)徳は倫理的に適切な行いを信頼可能な形で導く
  • (2)さまざまな評価的考察は相互に依存し合っている

・分離不可能性のテーゼは様々な形をとりうるが、分離可能性論者の言い分をかなり聴いている「「制限された」分離不可能性テーゼ」ですら、この後明らかになるように、経験的に不適切である。

  • 【制限された分離不可能性テーゼ】:さまざまな実践の領域を通じた分離不可能性は無い。ただし、特定の領域内では諸徳は分離不可能である。

・分離不可能性論者は経験的攻撃に対して、「分離不可能性は完徳においてのみ成立する」と反論できる。完徳者はまれなので、この主張により殆どの経験的脅威は消える。ただし、多くの徳倫理学者は徳は現実的なものだと考えている。

グローバリズム

・アリストテレス的な道徳心理学に結びついている「グローバリズム」と呼びうる性格の理解は次のようなもの。

  • (1)一貫性:性格特性は、特性に関連した様々な誘発条件下で、特性関連行動において信頼可能な形で発現する。この誘発条件は、問題の特性の発現をどう促すかという点に関して広く様々なものになる。
  • (2)安定性:性格特性は、類似した特性関連誘発条件がくり返されたときに、特特性関連行動において信頼可能な形で発現する。
  • (3)評価的統合:ある評価をもつ特性の出現は、似た評価を持つ特性の出現と確率的関係がある。

・多くの性格心理学者と性格道徳心理学者は(1)(2)に、倫理学者はさらに(3)にコミットメントを持つ。

状況主義

・グローバリスト的性格理解は社会心理学とパーソナリティ心理学の中ではよく論争の的になってきた。Hartshorne & May (1928) を発端にMischel (1968) を記念碑とする「状況主義」の伝統は以下のようなコミットメントを持つ

  • (1)人々の間での行動のヴァリエーションは、その人々の間の傾向性の違いよりも、状況の違いの方に多く負う
  • (2)体系的観察をすると、性格特性の帰属は一貫性の点で難しい(一種の安定性はある)
  • (3)パーソナリティは評価的に統合されてない

・状況主義は行動主義者ではないから、行動を支配する性格的要素があることは否定しない。しかしそれは、極めて細分化された状況におけるつかの間の安定性しか持たない、「局所的な」特性として理解される。グローバリストにとっての問題は、このように理解された特性が「勇敢」とか「誠実」といった広い特性とは全く似ていないところにある。

パーソナリティ・行動・証拠

・状況主義に対しては、パーソナリティ測定において行動を重要視しないという応答があった。しかし行動基準があまりに緩すぎるパーソナリティの理論は、反証不可能になってしまう恐れがある。
・行動の体系的観察は難しく紙筆式テストの方が簡単である。しかし、自己報告による特性測定と明示的行動による特性測定の間には相関は殆どない。パーソナリティの行動上の帰結に関心を持つ心理学は行動の観察にもちゃんと依拠すべきである。