えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

「集団心」の科学をつくる 唐沢・戸田山編 (2012)

  • 唐沢かおり・戸田山和久編 (2012) 『心と社会を科学する』(東京大学出版会)

  「社会心理学」と聞くと、集団の心とか群集心理を扱うのかなと一見思いがちですが、実情はあくまで「個人の心理」に焦点を当て、それが社会的な要因とどう相互作用して行動を生み出すかを問う社会的認知研究が盛んです(2章)。こうした標準的な社会心理学のあり方を社会心理学者と哲学者が集まって見直し、よりおもしろい研究のための新しい方法論をつくろう! というのがこの本です。

 哲学者戸田山は、自然化・社会化された認識論や、集団的意思決定を主とする技術者の倫理の観点から、「集団心」の科学を必要としています。戸田山によれば「集団心」に形而上学的問題はなにないので、必要なのは具体的な方法論です(5章)。
 そこで社会心理学者唐沢と戸田山は次のようなスケッチを提出します(3、6章)。まず、素朴心理学は集団に確かに心を帰属させるので、こういう素朴な集団心概念の研究を行います。こうした概念には、集団がもつ個人の心と似た「機能」を捉まえている部分がある筈です。そして機能は客観的に測定できるので、素朴な集団心概念をより洗練されて操作的に定義しなおすことで、集団心に関する研究が可能になると言う訳です(機能主義)。
 ここで重要なのは集団がもつ機能を測定すること。その方法の一例として社会心理学者山口が提示するのは、集団の「観察」です(4章)。社員の行動を逐一記録する「ビジネス顕微鏡」というツールを使って、集団内のコミュニケーション構造を客観的にとりだそうとするかなり挑戦的な試みが紹介されます。
 最後に哲学者の出口は、「社会心理学とは何か」という大きな問いに一定の答えを与えようとします(7−8章)。すなわち、メタアナリシスによって個々の知見をバンバンネットワーク化し、互いに競い合いながら良いネットワークをつくること「こそ」が社会心理学の仕事なのです。
 社会心理学は脳から文化まで多様なレベルの研究を行う一方、知見が寄せ集まっているだけという側面を持ちます。こうした多様な知見をネットワーク化することは、他分野とのさらなるコラボレーションのための「プラットフォーム」(唐沢)として社会心理学を機能させるためにも重要でしょう。