えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

現象学による幻聴理解 Henriksen (2013)

  • Henriksen, M. (2013) 「応用現象学:統合失調症における言語性幻聴の発現」(谷内洋介訳) 『現象学年報』29号

  近年いわゆる「精神医学の哲学」のなかでは現象学者が様々な活躍をみせていますが、その試みの一部が翻訳されたので読みました。この論文は、統合失調症における言語性幻聴の前兆として「空間意識の病理的な変化」に着目し、それが言語性幻聴の病因だと論じます。

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  統合失調症の重要な特徴に「言語性幻聴」があります。幻覚は、DSM-IVでは「外部刺激なしの感覚知覚」と定義されますが、この「声」について患者は「思考に近い」と言い、また実際の音と取り違えることもほぼありません。このため現象学的には、この「声」の経験は感覚知覚的なものというより、患者の主観の内部での「「別の存在」の経験」を表しているかのようです。
  筆者は3つの統合失調症の臨床事例を提示した後、それらを分析すべく、「根源的存在」に注目します。これは、反省的な意識以前のレベルにある身体的な自己意識のことで、空間を自らと不可分な対象とするものです。「根源的存在」は、様々な経験をまさに「私の」経験にしてくれる、「自分のものであることを表すタグ」のようなものと言えます。そして初期統合失調症者はしばしば、「根源的存在」における身体の志向性と空間の「不可分性」が成立していないかのような経験をするのです。
  この断絶により、両者の間に「内部空間」、すなわち主観の内部で経験される空間が生じます。すると、身体の方に自己感がある一方で、自分の「思考」や「感覚」が内部空間で空間的に経験されることが可能になります。自己感と思考が切り離されるのです。そして最終的には、自己自分の思考や感覚などが非人称的なもの、更に他人から生まれたものとして経験されることが可能になります。そして、思考は内語による自分自身との対話の形をとることが多いため、ここに「言語性幻聴」発現への脆弱性が生じるのです。