えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

石炭紀以前の地層の研究 Rudwick (2008)

Worlds Before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform

Worlds Before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform

  • Rudwick, Martin. *Worlds before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform* (Chicago: University of Chicago Press)

Ch. 28 The human species in geohistory (1830-37)
Ch. 30 Progression of life (1833-39) ←いまここ
Concluding (un)scientific postscript

30.1 アガシと魚の時代

  キュビエは晩年、スイスの若き動物学者ルイ・アガシを見出し、化石魚研究を一任していました。ヨーロッパ中の化石魚標本を現生魚の標本と比較するキュビエ流の方法を用いたアガシの研究の重要性はすぐ知られるようになり、1833年には『化石魚の研究』が出版されます。
  アガシは魚を4種、すなわち楯麟魚・硬麟魚・櫛麟魚・円麟魚に分類します。前2者はそもそも化石がある時代から今日まで、あまり多様性なしにみられますが、後2者は白亜紀に現れ、第三期には全体の3/4を占めるまでになります。つまり化石は、多様性増大という「定向性」を示したのです。この大規模研究は、当時ライエル以外の誰もが信じていた生命の歴史の定向性を強く支えました。また、「哺乳類の出現以前に「爬虫類の時代」があった」というキュビエの洞察は広く確証されていましたが、アガシはそれ以前の石炭紀が「魚の時代」であったと論じました。

30.2  フィリップの石炭紀指標

  さらに初期の生命の痕跡を含むと思われるグレイワッケ(硬砂岩)の層群の解明には、その上にある第二紀層のなかでもっとも古い石炭紀層群の参照点が必要でした。ウィリアム・スミスの甥で気鋭の地質学者ジョン・フィリップはヨークシャーでこの地層を研究し、特有の化石動物群として、アンモナイトに似た貝((後の)ゴニアタイト)などの軟体動物、および、大量のかつ多様な腕足類を特定することができました。

30.3 マーチソンの「シルル」、シジウィックの「カンブリア」

  スミス流の化石による層序学を拡張しようとしていたマーチソンはこれを受けて、石炭紀で最も古いとされた旧赤砂岩層よりさらに古く状態のよい層をウェールズ国境地帯に見出し、1835年にこの層に「シルル」と名付けました。ウェールズの古民族に由来する命名です。「シルル」はもともと岩石の「系」に与えられていた名前で、ここからは豊かな無脊椎動物の化石が見つかりましたが、驚くべきことに植物の化石は発見されません。そこでマーチソンは、シルル体系は大型陸生植物が現れる以前の独立した地質学的の大きな時代〔シルル紀を〕表していると主張しました。
  ウェールズと英国の北西で、グレイワッケの層群でもさらに古い層を特定できるようになったシジウィックは、それらを「カンブリア」系と呼ぶようになります。その上部は保存状態の悪い三葉虫などが少しあるばかりで、下部には化石は全く見られません。シジウィックは、化石は保存されなかったとは考えず、これは本当に(生命ではないにしろ)化石の始まりを示しているのだと考えました。
  1835年夏、ダブリンで行われた英国科学振興協会のミーティングで、シジウィックとマーチソンは互いのアイデアを発表し、これはすぐ大陸へも持ち込まれました。「シルル体系」にあると示された化石は大陸の地質学者もよく知っており、(少なくともこちらは)すぐ受容されました。マーチソンは、両地層の化石はあまり区別されないため、二つを合わせて「Protozoic」すなわち「原生」の名を与えようと提案しましたが、シジウィックはより慎重に「Palezoic」すなわち「古生」を好みました。しかし名前はどうあれ、シルル紀とカンブリア紀の形成物はともに、地球の生命の真の「始まりの痕跡」へアプローチするものだと考えられました(※ただしライエルを除く)。