えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

心理的距離と道徳判断の傾向に関係がある件 Gong, Iliev, and Sachdeva (2012)

http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0010027712002053

  • Gong, H., Iliev, R. & Sachdeva,S. (2012) Consequences are far away: Psychological distance affects modes of moral decision making

アブスト

 義務論的/帰結主義的な道徳的決定を扱う研究の多くは、これらの決定の様式は個々人の差異あるいは認知的能力に基づいていると仮定している。我々はここで、人が道徳的決定を行うに当たって行為に注目するか帰結に注目するかは、<道徳的状況からの心理的距離>に依存しているという考えを検討する。状況が、時間・空間どちらかの点で遠くに表象されていると、帰結主義的判断がよりでてくるようになる。この論文では5つの実験を行ったが、初めの4つによって、出来事からの心理的距離が義務論的判断を減少させ、帰結主義的な選択を増加させることが示される。最後の実験5では「解釈レベル理論」を用られ、推論が義務論的になるか帰結主義的になるかは、情報がどの程度の近さ・遠さで表象されるかと結びついているということが示唆される。道徳的決定を行う際にはいくつかの独立した戦略があるが、そこからどれが選ばれるかは全く固定されておらず、おそらく心理的距離のような要因に依存して決まることである――これが本論文の含意である。

1. 導入

帰結主義:義務論=理性:情動?

・人々は道徳判断をするにあたり、状況によって帰結主義的判断を行うこともあれば義務論的判断を行うこともある
・どちらの判断を選好するかには、判断者の資質が影響しいている部分もある
 しかし、こうした判断形成の背後の認知プロセスの研究はまだあまり進んでいない。先例として、グリーンらの二重仮定説がある。また、トレードオフについて考えると強い否定的感情を引き起こす<神聖な価値>の存在が知られており、情動と義務論的判断に関連に支持を与える。帰結主義的判断と義務論的判断の区別は情動と理性の区別に対応付けされる。
 しかし、そもそも多くの義務論的な規則は、因果的経路の理解や他者の心的状態の理解などの認知的要因にと深く関連している。義務論的判断‐情動という安易な対応づけは、両方の判断に影響するかもしれない認知的要因を過小評価することにつながってしまうかもしれない。
 →ここでは感情ではなく、情報処理の観点から道徳判断の違いを説明してみる。

解釈レベル理論(CLT)

・同一の出来事や対象は、様々な抽象度のレベルで表象されうる。
・<高レベル解釈>は脱文脈化された上位の解釈で、情報の抽象的な概念化を含む
・<低レベル解釈>は文脈化された下位の解釈で、情報はより具体的詳細に表象される。
・解釈のレベルは心理的な距離と内在的に関係している。いまここに関係する情報が低レベルで解釈され、遠いものは高レベルで解釈される。
・CLTで重要な区別に<目的/手段>がある。
目的:高レベル構成物、whyの問いに関係……帰結主義に関係?
手段:低レベル構成物、howの問いに関係……義務論に関係?
・手段/目的区別を具体/抽象区別に対応させた選考研究はなかった。
(対抗仮説として、「そもそも道徳的情報は抽象度が高い」「義務論的規則はより抽象的なので、義務論の方が高レベル構成物である」)

三つの仮説

・CLTから言える次の三つの仮説に焦点を当てる

  • H1:近い将来に関する決定は、遠い未来に関する決定よりも、より義務論的・反帰結主義的になる
  • H2:近い場所に関する決定は、遠い場所に関する決定よりも、より義務論的・反帰結主義的になる
  • H3:被験者を低レベル解釈でプライミングしてやると、高レベル解釈でプライミングした場合より、より義務論的・反帰結主義的な選択を行う

2. 実験1

問い:決定を行う状況からの時間的距離の増加は帰結主義的判断をもたらすか
教示:シナリオを明日 or 一年後に起こる出来事だと想像してもらう
シナリオ:

【分流】
ある川にダムを作った影響で、20種類の魚が絶滅の危機に瀕しています。一年にひと月ダムを開ければ、いくつかの種は助かります。ただしその場合、水位の変動で下流にいる種のいくつかが絶滅します。
 下流で死ぬ魚が2種類の場合、あなたはダムを開けますか?  はい・いいえ
 下流で死ぬ魚が6種類の場合、あなたはダムを開けますか?  はい・いいえ
 下流で死ぬ魚が10種類の場合、あなたはダムを開けますか?  はい・いいえ
 下流で死ぬ魚が14種類の場合、あなたはダムを開けますか?  はい・いいえ
 下流で死ぬ魚が18種類の場合、あなたはダムを開けますか?  はい・いいえ

【飢餓】
基本的に同じ。ただし魚の種ではなく、人間が問題になる

・【分流】シナリオで人は、帰結がどうあれダムを開けない方が良いという傾向があることが既に知られている(<より無害な行為>より<より有害な不作為>を選好する「不作為バイアス」)。そこで、遠い未来の出来事として提示された場合には、より帰結主義的な判断(「はい」が多くなるべき)が行われ、不作為バイアスが減ると予想される。

⇒予想は支持された。 (値が大きいほど不作為バイアスは弱い)
明日  M = .51, SD = .05 / 一年後 M = .69, SD = .04

3. 実験2

問い:決定を行う状況からの空間的距離の増加は帰結主義的判断をもたらすか?
シナリオ:

【近い条件】
 あるアメリカの丸太会社は、1,000平方マイルの古い森に権利を持つ。会社はこの土地を、現在国立公園になっているちいさな島の狭い土地と交換したいと思っている。会社がこの狭い土地を手に入れると、広いほうの土地が国立公園になる。いま、二つの土地の樹木や風景はほとんど同じである。いずれの土地を手に入れるにせよ、丸太会社は自分の土地の樹木をすべて伐採するだろう。
 狭い土地が100平方マイルの場合、あなたはこの交換に賛成しますか? はい・いいえ
 狭い土地が200平方マイルの場合、あなたはこの交換に賛成しますか? はい・いいえ
……
 狭い土地が900平方マイルの場合、あなたはこの交換に賛成しますか? はい・いいえ
【遠い条件】
 基本的に同じ。ただしアメリカがブラジルに変えてある

・ここでも、【遠い条件】の場合には「不作為バイアス」が減少すると予想される

⇒予想は支持された【近い条件】M=527, SD=267.6 /【遠い条件】M=762, SD=220.2

4. 実験3

・不作為バイアス以外の指標でも調査するため、実験3と4ではLombrozo(2009)の「義務論‐帰結主義スケール」を用いてみる。
・「義務論‐帰結主義スケール」:6つの道徳に関連する事柄(「嘘をつく」「暗殺」「拷問」「殺人」「盗む」「強制的な不妊」)を取り上げ、それぞれに関して次のような三択をさせる。

「嘘をつくこと」に関して、あなたの意見を最もよくあらわしているのは以下の文章のうちどれですか?
(A)嘘をつくことは道徳的に絶対に許されない
(B)嘘をついた時に生じる悪より善の方が多ければ、嘘をつくことは道徳的に許される
(C)嘘をついた時に生じる悪より善の方が多ければ、嘘をつくことは道徳的に義務だ
回答______

(A)が義務論、(B)が穏健な帰結主義、(C)は強固な帰結主義にあたる。

問い:このスケールでも実験1と同じ結果が出るか?
教示:これらの事柄を、「近い未来条件」では明日のこととして、「遠い未来条件」では一年後のこととして想像することが求められる

⇒「遠い未来条件」のほうが「近い未来条件」よりも帰結主義的な回答をするようなパターンが見られた

5. 実験4

問い:このスケールでも実験2と同じ結果が出るか?
教示:被験者は、様々な倫理的問題が扱われる哲学的な議論に参加していると想像するように教示される。そして、「空間的に近い条件」ではその議論はノーザンウェスタン大学で、もう「空間的に遠い条件」ではマンチェスター大学で行われていると考えるよう指示される

⇒実験3と同様、「空間的に遠い条件」のほうが「空間的に近い条件」よりも帰結主義的な回答をするようなパターンが見られた

6. 実験5

・CLTによると、心理的距離が解釈のレベルを決定する。そこで、直接解釈のレベルを操作してみて、道徳判断がどう変わるかを見てみる。
手法:全く関係ない4つの研究と偽って次の4種の質問紙に答えてもらう

  • 1 抽象的/具体的思考傾向へのプライミング(why/howプライミング)。

自分の見解について意見を聞かれる。この際、Why(抽象)かHow(具体)のどちらかに強調がおかれる。例えば抽象条件では、「なぜ健康を保つのですか?」→「生産性を上げるためです」→「何故生産性を上げるのですか」。具体条件では「どのように健康を保っていますか?」→「健康な食事をとります」→「どのように健康な食事をとっているのですか?」

  • 2 実験1と同じシナリオ
  • 3 抽象的/具体的思考傾向へのプライミング(内容は変えてある)
  • 4 4つの「神聖な価値」に関する質問

・4つの行為(中絶、核廃棄物を他の星に投棄、リスクの高い軍隊への参加を条件に囚人の刑期を減らす、テロの脅威のリスクを減らすために憲法を変える)に関して次のような質問が与えられる

妊娠六カ月の正常な胚を中絶することに関してあなたの意見はどれに当てはまりますか?
A.反対しません
B.何らかの利益(お金など)があるなら、許されます
C.利益がどの程度あろうとも絶対に許されないことです

・「神聖な価値」が、その内容ではなく思考様式にかかわるものだとしたら、低レベル解釈を行うようプライミングされた被験者は、「神聖な価値」を(内容とは独立に)領域一般的に守ろうとするはず。

⇒2 実験1と同様の結果が出た
 4 抽象的思考傾向へプライミングされた被験者の方が、神聖な価値を守らなくなるという傾向を見せた。元の仮説と整合的。

7. 総括

・同じ出来事が時間的・空間的に近く表象されると、義務論的判断をしやすくなる。義務論的判断か帰結主義的な判断かの選好の変化は、心理的距離と解釈のレベルの関数である。
・先行研究では、義務論的判断と帰結主義的判断の区別は、行為と結果の関係の問題か、あるいは判断者の一般的な傾向性の問題として扱われた。しかし本研究では、行為/結果を固定しても、解釈のレベルの違いによって判断が変わるということを明らかにした。

7.2.1 理論的含意

【道徳判断の安定性・可変性】
・本研究は道徳判断の可変性をさらに示した。ただし、先行研究は認知処理の量によって義務論/功利主義を区別したが、本研究ではさらに質的に異なる処理の種類によって道徳判断に差が出ることが示された。
・なぜ解釈のレベルで判断に可変性が出るのか? 遠い出来事は迫ってくるにつれ詳細・焦点が変化しうるので、あらかじめ詳細にその状況について考えておくのは生産的でない。この点で、義務論と帰結主義二つの思考法を持っていることは適応的なのかもしれない

【領域一般性】
最近の道徳研究は、何が道徳認知に固有で何が共通なのかを調べようとしてきた。心理的距離は、知覚、推論、記憶など様々な認知処理に影響を与える事が知られており、既存の研究に新しい潮流を付け加えるものだと言える。

7.2.2 実践的含意

・心理的距離と解釈レベルの違いが、<何が良いか>に関して対立した理解を生むことがあるかもしれない。

7.3 限界と今後の展望

【義務論と帰結主義の関係】
・先行研究に従って両者を両極にある思考法としてあつかったが、そう簡単にはいかないということも示唆されている。
・義務論的思考様式と帰結主義的思考様式の<両方が>心理的距離に可感的なのか? 心理的距離が遠くなると義務論的規則に注意がはらわれなくなるだけなのかもしれない。
・両者はやはり両極で、帰結主義と義務論を解釈のレベルがどちらかの思考法をサリエントなものにするのかもしれない。

【その他の種の義務論的規則】
・ここでつかった尺度は全て<不作為>を基本としたものだった。<行為する義務>を含む他の様々な規則に関してもさらなる研究が望まれる。

8 結論

〔省略〕