えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

痛みからみるリハビリテーションにおける回復/代償の二元論 熊谷 [2012]

  • 熊谷晋一郎 [2012] 「「回復」と「代償」のあいだ」 in 『バリアフリー・コンフリクト: 争われる身体と共生のゆくえ』(東京大学出版会)
リハビリテーションについて

リハビリテーションとは、「身体と社会の間に齟齬を来すことで社会の様々な領域から排除され障害を経験している人々が、再び社会の中で尊厳をもって生きていかれるように支援していく実践」の事です。その方法には大きく二つのものがあるといわれます。

  • 回復アプローチ:本人の訓練などを通して身体の方を変化させて社会に合わせようとするもの
  • 代償アプローチ:社会の物質的、制度的な諸条件を変化させることで、社会の側を本人の身体に合わせようとするもの
回復と代償

 回復と代償という対立で障害を考えるとき、障害者の身体が健常者とどのくらい違うのかという点にのみ注目するのでは不十分です。というのも、「自己身体についての安定したイメージ」をもち、身体と世界についての予期が安定している障害者は、自分のニーズを表明しやすく、代償アプローチを主張しやすいのですが、予期の安定性と標準からの身体的差異は相関しないからです。
 また、たとえば「重くても安定した障害」とみなされやすい脳性まひ者にも、加齢によって二次障害(筋骨格系の痛み、疲労、運動能力の低下)が生じることがわかってきています。二次障害によって生じる「できなくなる」ことに対しては代償アプローチを進めることができますが、「痛み」の側面にはそれではどうしようもありません。では、痛みに関しては回復アプローチで臨むべきなのでしょうか。

痛みの問題

 話はそう簡単ではありません。なぜなら、手術しても痛みから回復しない脳性まひ者が少なからず存在しているからです。最近の痛みの研究によれば、痛みには次の二種類のものがあるようです

  • 侵害受容性疼痛:体のどこかに損傷部位や炎症が存在することによって生じる痛み
  • 慢性疼痛(神経障害痛):すでにそういった損傷や炎症はなくなったにもかかわらず、かつての痛みによって神経系に残された痕跡(広義の記憶)が再生され続けるために起きる痛み

 慢性疼痛の様に原因が特定されない痛みに襲われたものは不安や恐怖に陥り動かなくなりがちです。しかし、動かないことがかえって痛みを持続させることがわかってきています。また痛みに配慮しつつ社会生活を支援していくサポート(代償アプローチ)が痛みを改善させる傾向があるとも言われます。実際に生活を回していく中で、受傷後の新しい身体イメージが安定化することで痛みが緩和していくからです。このように、痛みならばいつでも回復アプローチをとるというわけにはいきません。

回復/代償二元論を越えて

 回復アプローチにおける「回復」は、「身体を標準化することで社会に適応すること」と定義されてきました。しかし、身体イメージが不安定な障害者・病者・慢性疼痛患者が「回復」を願うことも尊重されるべきです。そこで「回復」を、「投企〔外の世界へ意識を向けて動き出すこと〕を可能にするために必要な、身体や世界・社会・他者への見通しと信頼を取り戻すこと」と定義しなおしてはどうでしょうか。
 このように定義された「回復」は、代償アプローチを主張するための必要条件であるとともに、逆に代償アプローチによって自分の動きに周囲が応じてくれるという経験の積み重ねがこの「回復」をはぐくんでいきます。回復と代償は互いに相手の必要条件になり分かちがたく結びついているのです。