えめばら園

Philosophier' Er nicht, Herr Schatz, und komm' Er her. Jetzt wird gefrühstückt. Jedes Ding hat seine Zeit.

子供期中期に見る文化 Konner (2010)

The Evolution of Childhood: Relationships, Emotion, Mind

The Evolution of Childhood: Relationships, Emotion, Mind

  • 作者: Melvin Konner
  • 出版社/メーカー: Belknap Press of Harvard University Press
  • 発売日: 2010/05/31
  • メディア: ハードカバー
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The Evolution of Childhood: Relationships, Emotion, Mind
Chap.25

二つの推移

 ・狩猟採集社会では、子供期中期は遊びにせよ仕事にせよ独立した行動の増加によって特徴づけられる。
・一方で農耕・放牧社会の子供期中期には、従順な行動や責任ある行動が一層必要になる
→子供期中期の経験には二つの大きな転換があった。
(1)10,000年前、農業の伝播に伴い、出産間隔が縮み繁殖の成功が増加し、遊びが仕事(幼児や子供の世話を含む)に変わった。
(2)極めて最近、近代化に伴い、生きるための仕事(Subsistence work)が学校に変わった。

仕事、遊び、文化の伝達

・どの社会も、文化的知識がどのように伝達されるかに関する理論を持っている。
例 !Kungは子供の発達に関するピアジェ的な素朴理論をもつ:行動は発達の段階にとって適切なもので、成長とともに自然に変化していく。子供には罰したり、教えたり、褒めたりする必要はなく、必要なのは自分自身で育ち、世界と関わり、学ぶことであると考えられている。
 扱いにくい道具を使って遊んでいる時、子供は「自らを教えている」と言われる。教えると学ぶは同じ語(n!garo)であり、「自分を教える/で学ぶ」は常套句である。
 この素朴理論にはもっと特定の意味でピアジェ的な側面もある:子供がぶつかった困難は既存の認知図式のうちに吸収されることがある。例えば、イモがとても深く硬い所に埋まっていたら、これまでの道具や方略とは別の者が必要となる。新たな困難にあった子供は、古い図式を反復するだけでは駄目で、新たな図式でそれに順応しなくてはならない。
・文化的に適切な行為・情動・心のあり方は生涯をかけて伝達されるが、幼少期の落ち着きなさも無く、青年期の性的・成熟上の困難さも無い上に、5-7歳期のメタ認知や具体的操作その他認知的発展を踏まえた子供期中期は、生きる術・情動的表現のルールから儀式や信仰まで、多くの文化的領域を静かにしかし活発に獲得する時期である。
・狩猟採取文化の子供は、成長するにつれて生きる術を観察し(主に母と)、採集遠征に出かけ、複雑な環境の中から食べ物となる植物がある場所、見つけ方、採集法を徐々に覚えていく。しかしこの種の知識が正式に教えられることはほとんどない。
・Lorna Marshallは、!Kungが極めて関与的なやり方で遊ぶと記した。大きな子供はおもちゃで遊ぶが、ちいさな子供はたいてい家庭にある道具で遊び、両親がやっていることを模倣する。両親も、3歳児にどうやって穴あけ機を回すのか示すかのように、ちょっと止まったりする。
・!Kungの後の調査によれば、男児が狩猟技術を獲得する際のプロセスには、遊びが極めて重要な役割を果たす。若者になって父達の狩りに同行するようになると、直接観察によって学ぶ。女児や小さな男児は母親に付いて狩猟の旅に出かけ、徐々に知識を得るが、この時も一生懸命働くのではなく、気楽な遊びっぽいやり方で自分自身の食べ物を採取する。技術は社会的に促進されたり真似られたりするが、教え込まれることはない。遊びと学習は混ざり合っている。
・オーストラリアのWalbiriでも似たようなことが見られる。ここでは男児が5-6歳になると周りの少年を連れて森をぶらつくようになる。この小旅行によって子供はキャンプの周囲10マイルほどの森について詳しい知識を獲得する。この期間、男性は息子を教育したり手本を見せたりはほとんどしない。
・さらにカメルーンの狩猟採集民族Bakaの研究と記録も似た観察を含む。4歳児は母親と一緒にオオバコ狩りに出かる。8歳児は父や他の子供らと蜂蜜採取に出かけ、子供が斧で木の幹を切る時、大人も近くで同じことをする。彼らは明らかに楽しんでいるのだが、同時に食料を見つけ、生活と繁殖上の成功がかかっている知識や技術を学習する。
・重要な情報の伝達と技術の発展が、形式的でないプロセスにゆだねられているのにもかかわらず上手くいくというのは驚くべきことである。

様々な文化

ハザ

・Blurton Jonesらが注目したHadzaは、!Kungとは対照的に、自分自身、互い、そして家族の分まで食料を採取する。青年期に入ると男子はあまり採取を行わなくなり、女子は必要以上に採取するようになるが、これは、男子は狩りを学ばなければならず、女子はこれまでの採取を改善しなくてはならないという分業を反映していると思われる。Hadzaの男には、〔狩猟という〕男性としての働きと、親族の世話との間にトレード・オフ関係がある。
・我々人間のような共同で子供を育てる種にとって、しばしば血縁淘汰が最適採餌(食料採取)よりも優位に立つ。それは子供だけの話ではない。我々は常に包括的適応度をまず最適化しているのであり、採餌の効率性はそのプロセスの婢である。

ミケア

・南東マダガスカルのMikeaには、Hadzaよりも子供の食料採集に適した条件がそろっている。Mikeaの子供たちの正味イモ獲得量は飛びぬけて高く、家族が食料を獲得するのに重要な貢献をしている。
・子供たちは、出来るだけ多くの食物を取ろうとしている訳では全くない。食料採取は楽しい社会的活動であり、子供たちは肉体的・精神的挑戦のために採取を行っている。これは一種の「Food fight」である。7キロもの食べられるイモが、その後の遊びに用いられてダメになってしまう。食料採取はキャンプの外で起こる遊びの延長である。
・食べ物を無駄にしてはいけない!KungでこのようなFoodfightがおこる事は考え難い。しかし!KungでもMikeaでも、遊びが生きる術を学ぶ重要な基礎である。

北ボツワナのオカバンゴ・デルタ

・Bockはオカバンゴ付近にすむグループが、モンゴンゴの実割りの生涯に渡る成功度合いを調査した。この実を割るのは、幼少期から学習を始めた者にとっても難しい技術である。この調査では、特定年齢ごとの実から得られる利益は逆U字型を描いた。Bockはここから、重要なのは腕力ではなく年齢であるであると論じたが、このとき指の力や手の大きさなどの物理的要因は考慮されていない。しかし10代後半にならないとほとんど成功しないという点を考えれば、最も重要なのは技術である。

メリアム

・貝の採取の調査は、現代のホモ・サピエンスの進化を考える上で重要である。我々の祖先は164,000年前、南アフリカで貝を集めていた。先祖は60,000ほど前にアフリカの先を離れたが、僅か20,000年後にはオーストラリアまで達していることを考えれば、この期間同じような生きるすべが保たれてきたことだろう。
・トレス海峡にすむメリアムでは、特定の種の貝の90%を子供が集めている。計算によれば、歩く速さや行動範囲を考えれば子供も大人も、最も効率よく食べ物を集めているようである。Birdらは、貝塚は子供と大人の貝の採取法や範囲という観点から再考される必要があると説得的に論じている。

マルツ

・マルツはオーストラリアの砂漠にすんでいるが、メリアムと同じく狩りの対象にする動物が子供と大人で違う。或る女性の回想によれば、自ら獲物を取り自分で料理することは誇らしい事であったが、同時に、母から食べ物を与えられて喜んだ。ここから、子供が完全に自分で自分を守っていたわけでないことが分かる。子供には採取が期待されるが、10代中ごろまでは大人の狩りに同行するようには言われない。

ヤラ

・ペルー側のアマゾンのヤラでは、子供は大人より生きていくための仕事の時間は少なく、より多く遊ぶ時間がある。子供の世話を交代で受け持つ複数の年齢から成るグループがあるように見えるのだが、明示的にそれが子供に割り当てられている訳ではない。魚釣りや狩りは年齢を追うごとに増えて行くが、身体的な制約から非常に制限されたものである。

アチェとヒウィ

・東パラグアイのAcheおよびヴェネズエラのHiwiの調査によれば、Acheの女児が幼虫をあつめることを例外として、10歳以下の子供はほとんど何の食料集めもしない。10代を通じて主に狩猟、採取による食糧採集がふえ、狩猟のピークは30代後半、hiwiでの採取のピークはさらに後になる。

ツィマネ

・「熟練した狩人になるにはどのくらいの期間がかかるのか」というMichael Gurvenの問いは、我々の長い子供期の目的の一つは短い時間ではマスターできない生きるための技術を習得するためなのか否かという問題に光を当てる。
・ボリビアのアマゾンのツィマネの調査によると、技術のパフォーマンスがピークに達するには、長い子供期よりも長い時間がかかる。熟練した狩人になるためには、1.獲物に直面していない時(匂いや足跡を知る)、2.直面した時(見つける)、3.殺す時という3ステップの過程があるが、後者がピークを迎えるのはそれぞれ37、39歳である。これらは、勝つか負けるかの対面の中で経験と技術とに依存していることが明らかである。
・ツィマネの男児は、弓比べを通して10代で弓の技術を習得する。しかし、獲物を認識し、対面し、殺す能力は青年期から40になるまでずっと上昇していく。

農耕社会における子供の仕事

・農耕・牧畜社会でも、直接観察と遊びが依然として重要な役割を果たしており、形式的な教示は二次的なものにとどまっている。
・生きる術が狩猟、採取が牧畜や単純農業に変わっていく時、!Kungの子供はより多くの仕事を割り当てられ、頼家から離れ仲間と交流し、そして行動の性差が大きくなった。中間期の文化を特徴づけるのは仕事の割り当てである。雑用(Chore)が子供の生活の中心的特徴になる。
・例えば、リベリアのKpelleでは、女児は5〜6歳から子供の世話や水汲みを始め、それ以前にも模倣という形でそれらの仕事をリハーサルしているが、一方男子は10歳ほどになって鳥や害虫駆除が始まるまでシビアな責任を課されない。母親も、0−3歳くらいの頃は子供の安全や生存をまず気にかけているが、4−6歳くらいには水を汲むように指示を与えたりする。

現代との比較

・5つの農耕牧畜社会とニューイングランドの町との間で行われた、子供の行動や養育に関する比較調査がある。ニューイングランドで子供の仕事・遊び・カジュアルな社交の割合は2・3・52%であり、形式的な教示が16%であった。一方、5つの文化の平均では形式的な教示は5.2%(0〜9%)であり、仕事と学習の割合はほぼ逆転していた。5つの文化における仕事の割合のうち最も高いものは49%であった。19世紀の初期工業化は搾取的に子供をはたらかせる製造所、子供の工夫を生み出したが、子供の仕事負担はその時結局、農耕社会にみられるレベルに戻った訳である。そして、学校に行くことにとってかわられて、仕事負担はかなり低いレベルに落ちていく。
・仕事に17対2、形式的学習に5対16という差は重要だが、この仕事の負担は学校と特に変わらない。雑用も学習を含み、文化を伝達する重要なメカニズムであるとともに、子供の視界を広げもする。子供を働かせるということを西洋は極めて否定的な目で見るが、人類学者の指摘する通り、これは19世紀の搾取的な工場・炭鉱労働に基づくものである。
そこでの倫理は、世界中で見られる子供の農場での仕事の延長となるには全く不適切であった。農業や牧畜文化における子供の働きは、家族の存続にとって重要であるし、伝統的には仕事と学習のあいだに衝突はなかった。なぜなら、仕事こそがまさに大人の役割を学ぶことであったからである。
・ドミニカの島の長期研究によって、子供期のストレス生物学についてわかることがある。ストレスある仕事は、子供のコルチゾールレベルを上昇させるが、2時間以内に通常値に戻るが、これは非常に適応的である。というのは、コルチゾール上昇の機能は、行為や仕事のために血中グルコースを集めることであるが、この反応は心理的なストレスという形でみると価値が疑問視されるからである。
・アメリカの農業家族の研究は労働のポジティヴな側面を支持する。若いころ徒弟としての経験を持つと、有能さの感覚が生まれる。雑用は生涯誇れる技術を子供に身につけさせ、また家族を一体のものとする。仕事は本当に必要なものなので、子供には価値の感覚が生まれ、また仕事は価値を伝える。

学校

・学校は子供の面倒をみる。その間両親は働けるようになり、いっぽう子供はポスト工業化した世界において働くための準備をすることになる。この二つの意味で、学校は雑用と同じように子供を搾取する。また近代社会において、多くの子供の遊びは仕事となる。チームのスポーツは、練習・規律・技術・チームワークなどの理想や行動を教えるが、同時に痛みや卑下の原因ともなる。両親が応援したり、人々が失敗に失望する時、スポーツは労働と同じくらい強制的になるし、さらに、家族の畑で働く子供は自分が持つことが可能なキャリアへの準備をしているが、一方多くの子供にとってスポーツ選手になることはかなわぬ夢である。
・狩猟採集社会に比べ、近代国家では、ますます多くの情報が慎重な教示によって伝達される。しかし大人から子供への伝達が圧倒的に多く、年長の子供から年少の子供へは少ない。いくつかの学校環境で行われている、多様な年齢の集団、個々のペースに合わせること、オープンな教室といった最近のトレンドがどのような結果を生むか興味深いところである。